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学ぶ やさしい介護法律講座 2020/08/31

#介護の法律#認知症

認知症患者が電車事故に!遺族に賠償責任はある?前編【弁護士とやさしく学ぶ介護の法律ー第3回】

文:中沢信介 弁護士 law_20200831_1_01.jpg

こんにちは。 弁護士の中沢信介です。
前回はデイケアの送迎中に利用者が転倒した事件を基に民事事件と刑事事件の違いを勉強しました。

今回と次回は認知症患者の鉄道事故と民事上の損害賠償請求の問題を取り上げたいと思います。
この事件は非常に世間でも注目を集めた裁判です。第一審、控訴審では、遺族に損害賠償責任が認められ、最高裁ではその責任が否定されました。
裁判所がどのような要素を重要視し判断したのかに着目してみていきたいと思います。
なお、文字数の関係上、法律の詳細な議論に関しては割愛し、わかりやすさを重視していることを予めご了承下さい。

線路に立ち入り電車事故で亡くなった認知症患者

中沢弁護士 こんにちは。今回は、認知症の高齢者が線路内に立ち入り、電車と接触して死亡した事件についてみていきたいと思います。

A奈美さん ニュースなどでも非常に大きな話題になりましたよね。とはいえ、どういう事件なのか詳しくは知りません。

中沢弁護士 では、登場人物をみていきましょう。

まずは、この事故で電車と接触し亡くなられた方をBさんとします。Bさんは事故当時91歳でした。Bさんは86歳ころから認知症により日常生活に支障が生じるようになり要介護1の認定を受けましたが、その3カ月後、骨折による入院などもあり、認知症が更に悪化し、要介護2に変更されました。

A奈美さん Bさんはかなり高齢ですし、亡くなる5年前から要介護2と認定されていたのですね。

中沢弁護士 認知症の症状はさらに悪化し、亡くなる10か月前には独力で日常生活を送るのがほぼ不可能な状態となり要介護4の認定を受けました。

被告となった遺族について

中沢弁護士 Bさんのご家族は、妻のY子さん、長男のY男さん、次男Cさん、長女Dさん、次女Eさん、三女Fさんになります。第一審では全員が被告となりました。そのほか、裁判では長男Y男さんの妻Gさんも関係者となっていました。

A奈美さん 報道でよく取り上げられていたのはY子さんとY男さんだけだった気がします。

中沢弁護士 第1審で責任が認められたのがその2人だったからでしょう。

ほんのわずかな隙が事故の原因

中沢弁護士 Bさんは、事故があった平成19年12月7日午後4時30分ころデイケアサービスから帰宅し、Y子さんと長男Y男さんの妻であるGさんと3人でみかんを食べたり、お茶を飲んだりしていましたが、Gさんが家事をするために席を外して、Y子さんがまどろんでいる数分の隙に一人で外に出て行ってしまい、その後接触事故が発生しました。

A奈美さん そんなわずかな隙の出来事だったのですね。

中沢弁護士 これによって、鉄道会社は振替乗車にかかる費用などを損害として、遺族であるY子さんらに対し、約720万円の損害賠償請求をしました。

亡くなった認知症患者は責任を負わないの?

中沢弁護士 この裁判で最初に争点となったのは、Bさんの責任です。

A奈美さん そういわれれば、Bさんが線路に入ってしまったのが原因ですから、Bさんの責任が最初に問題となりそうですね。

中沢弁護士 この点、民法は713条で責任無能力者の行為によって損害が発生したとしても責任無能力者に責任を負担させないとしています。 

A奈美さん 責任無能力者というのはどういう人のことですか。

中沢弁護士 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある人のことをいいます。Bさんは認知症で要介護4の認定を受けており、これに該当するとされています。

A奈美さん そうすると、Bさん自身は責任を負わないのですか。

中沢弁護士 そうなります。

監督義務者とは?

A奈美さん Bさん自身が責任を負わないのに、なぜ、Y子さんやY男さんが責任を負うことになるのですか。

中沢弁護士 それは民法の714条に、責任無能力者が責任を負わない場合、その法定の監督義務者が責任を負わなければならないとされているからです。

A奈美さん なんのためにそのような法律があるのでしょう。

中沢弁護士 それは、この法律があることにより被害者を救済するという側面があるからです。

A奈美さん 確かに、責任能力の無い人が何をやっても責任を負わず、被害者は泣き寝入りというのでは困るケースも想定されますね。

中沢弁護士 まさにそういうことです。

義務違反の基準とは?

A奈美さん 今回の場合は誰が監督義務者なのですか。

中沢弁護士 裁判所は、妻Y子さんも既に高齢で更に自身も要介護1の認定を受けていること、Y男さんが長男で自ら両親の面倒を見る決断をしていたことなどから、Y男さんがこれにあたると判断しました。

A奈美さん 次に問題となるのは、前回と一緒で、義務がある人(今回は監督義務者)に義務違反があるかという点ですか。

中沢弁護士 そうですね。1審の裁判所は、息子のY男さんが監督義務者としての役割(義務)を果たしたとはいえないとして、責任を肯定しました。

A奈美さん Y男さんはなにか対策をしていたのですか。

中沢弁護士 出入り口に人の出入りを知らせるセンサーをつけていました。

A奈美さん えっ、それでもだめなのですか。

中沢弁護士 このセンサーは、従前Bさんが営んでいたたばこ屋(廃業済みで、自宅と一体となっていました。)の訪問客を知らせるものだったのですが、 Bさんが落ちついた生活を送れないとして、電源を切ってしまっていたんです。

A奈美さん そうなんですか。

第1審は妻にとって酷な判決に...

A奈美さん あれ、そういえば第1審では、妻Y子さんも責任が認められたのですよね。

中沢弁護士 そうです。その理由として、Y子さんは妻であり60年以上にわたりBさんの世話をしてきた立場であるところ、Bさんは事故の2年前と1年前に1回ずつ徘徊を理由として、警察に保護されるなどしていました。そのため、徘徊を理由に事故が起きることも十分予測できたとした上で、1審では妻のY子さんが僅かながらでもBさんから目を離してしまったのは、過失があったと判断されました。

A奈美さん Y子さんにとって酷な結論なのかなと思うのですが、どうでしょうか。

中沢弁護士 実は、本件では、Bさんはある程度の資産があり、そこからすると民間のホームヘルパーに依頼することが容易であったとの事情があります。

A奈美さん そういった場合にはY子さんとしては、ホームヘルパーに依頼するなどしてBさんを一緒に介護する必要があったということですね

中沢弁護士 そうです。第1審は以上の事情を踏まえ鉄道会社側の720万円全額の請求を認めました。今回はここまでにして、次回控訴審と最高裁の判決をみていきたいと思います。

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中沢信介(Shinsuke Nakazawa)

弁護士

弁護士。1984年生まれ。2013年弁護士登録。 明治大学経営学部会計学科卒業後に弁護士になることを決意。明治大学法科大学院修了。法教育にも力を入れており年間十数件程度の小・中学校や高校を訪問している。多数の医療関係の法人の顧問も務め、病院の第三者委員会の委員としての経験も有している。

中沢信介の執筆・監修記事

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