認知症介護の新たな指針"パーソン・センタード・ケア"とは?実施するメリットや取り組み方を紹介

パーソン・センタード・ケアという認知症ケアを知っていますか。パーソン・センタード・ケアとは、施設の規則や介護者の都合に合わせるのではなく、介護を受ける方の「その人らしさ」を重視したケアのことです。実際の取り組み方や、実施するメリットについて、パーソンセンタードケア研究会講師の寺田真理子氏に話を聞いてみました。
1.パーソン・センタード・ケアとは?
――パーソン・センタード・ケアとはどのようなケアなのでしょうか。
パーソン・センタード・ケアは、1980年代にイギリスの心理学者であるトム・キットウッド氏によって提唱された認知症ケアです。直訳すると「その人を中心としたケア」となり、介護者の都合に合わせたケアとは対極的な方法です。例えば、一般的な介護施設では起床時間や食事の時間が決められているケースがほとんどですが、利用者さんのなかには「朝はもう少しゆっくり起きて時間をかけて朝食をとりたい」と感じている方もいらっしゃるでしょう。このような方に対して、「決まりなので7時に起きてくださいね」と言うのではなく、その方の意思を尊重した対応をするのがパーソン・センタード・ケアです。
2.パーソン・センタード・ケアを行うメリット
――認知症の方にパーソン・センタード・ケアを行うメリットを教えてください。
最も大きなメリットは、利用者さんが心を落ち着けられることです。例えば、ある利用者さんが「部屋に大きなネズミがいる」と言い、現実にはいないネズミに怯えている状況を想像してみてください。そのネズミがいないことを考えると、つい「そんなものはいませんよ」と否定してしまいがちですよね。しかし、パーソン・センタード・ケアでは、その方の世界に入っていくことを重視しているため、基本的に利用者さんの発言を否定することはありません。「どこにいますか?私が捕まえますね」「あちらの部屋にはいなかったので、部屋を移りましょうか」などと声をかけます。すると、利用者さんは、自分の不安な気持ちに対応してもらえたと感じるため、心を落ち着けることができるのです。
――利用者さんの気持ちが落ち着くことを考えると、介護者にもメリットがありそうですね。
パーソン・センタード・ケアの実施は、介護施設のスタッフをはじめとした介護者へのメリットも大きいと考えています。やはり自分が見えているものに対して、「そんなものはいない」と否定されることは、利用者さんにとってはさらなる不安を招くきっかけになってしまいます。すると、そわそわして落ち着かない状態が一日中続くため、新たなトラブルの発生にも繋がりかねません。利用者さんの意見を受け入れ、ご本人が納得できるように声をかけることは、介護者にとって大きな負担軽減となるのではないでしょうか。

3.パーソン・センタード・ケアを取り入れる方法
――パーソン・センタード・ケアを取り入れる方法について教えてください。
パーソン・センタード・ケアの提唱者であるトム・キットウッド氏によれば、ケアの実施時には、以下の「認知症の人の5つの心理的ニーズ」を理解することが重要であるとされています。
- くつろげる状態でいること:心理的や身体的にリラックスしたい
- 自分らしくあること:過去の出来事から今の自分があるという感覚を持ちたい
- 他者や物と結びつくこと:友人など特定の人や物との関わりを持ちたい
- 何かに携わること:人にしてもらうだけでなく、何かの役に立ちたい
- 周囲と共にあること:社会との繋がりを持ちたい
難しそうに感じるかもしれませんが、これらは日常生活における利用者さんの様子を観察したり、コミュニケーションを取ったりすることで、徐々に把握していくことが可能です。例を挙げて説明すると、掃除が得意な方に簡単な片づけを手伝ってもらうことは、何かに携わりたいというニーズを満たすことに繋がります。
また、利用者さんの昔の写真をご家族に持ってきていただき、これまでの人生についてのお話を伺うことは、自分らしくありたいというニーズに対応できるでしょう。そしてそれは、スタッフさんにとっても、その方に適した接し方を把握するきっかけになります。少しイメージしづらいかもしれませんが、身近な例では、名前の呼び方をその人に合ったものに変えることが挙げられます。例えば、長年教師をしていたAさんに対し、Aさんではなく「A先生」と呼びかけてみたところ、いつもよりも反応を得られたといったケースも存在します。それぞれの利用者さんがこれまでに過ごしてきた人生について知ることは、介護をするうえでの大きなヒントになると感じています。
4.どんなに些細なものでも個人の意思を反映する重要性を実感
――パーソン・センタード・ケアを受けた方からの反応はいかがですか。印象的なエピソードがありましたらお聞かせください。
ある介護施設で、利用者さんにご自身の下着を選んでいただくようにしたところ、それぞれの個性が現れたエピソードがとても印象的でした。その施設ではスタッフさんがシンプルな白い下着を購入して皆さんにお渡ししていたものの、パーソン・センタード・ケアの導入により、それぞれの利用者さんに好きな下着を選んでもらうようにしたそうです。すると、ある方はお孫さんが大好きなキャラクターが描かれた下着を。別の方は、レースを使用したおしゃれなデザインのものを選ばれたのです。「下着は無難なもので特に問題ないだろう」と考えがちですが、このように利用者さんに選んでいただくことで、どんなに些細なものでも個人の意思を反映する重要性について実感した出来事となりました。
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介護のみらいラボ編集部コメント
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