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【今日は何の日?】8月6日=羽田空港に着陸寸前のジェット機パイロットが心臓マヒ死 (1966年)/ 雑学ネタ帳
《画像はイメージです》
59年前の1966(昭和41)年。早朝、羽田空港に着陸寸前だったオランダ航空機(乗客55人)のパイロットが心臓マヒで倒れるというアクシデントが発生しました。
同機はアムステルダム発のオランダ航空863便(ダグラスDC8型)。アテネなど8か所を経由してマニラから東京へと向かっている最中の出来事でした。羽田空港の0滑走路の東端から約1.6km、高度約500mまで来た午前6時10分すぎ、操縦席の正面左側キャプテン席で操縦していたGHデフロート機長(48歳)が突然、座席右側へと倒れました。
左側にいたCGデヤッヘル副操縦士(37歳)が声をかけましたが、返答はありません...。
滑走路は目前に迫っていましたが、デヤッヘル副操縦士はとっさに機首を上げ、低空で滑走路を通過。上空へと舞い上がり、難を避けると着陸をやり直すため高度をとり、倒れたデフロート機長を後方へと寝かせた後、機長席へと移り、副操縦士席には同乗のパイロットを座らせ、6時17分に着陸を成功させました。
滑走路の脇には救急車や医者が待機していましたが、着陸時にはすでにデフロート機長は息を引き取っていました。東京監察医務院の診断によると、心臓マヒの疑いが強く、解剖したうえで、さらに原因を調べることとなりました。
着陸時、操縦室には2人のパイロットのほか航空士と機関士の4人がおり、パニック時の処理に協力。55人の乗客、事務長、スチュワーデス(現・キャビンアテンダント)には、知らされていなかったため、客室での騒ぎはありませんでした。
オランダ航空側の話によると、デフロート機長が心臓マヒを起こしつつも右側へと倒れたことと、デヤッヘル副操縦士の機敏な処置が事故を防いだとのこと。仮に意識を失った機長が前方へと倒れていた場合、そのまま操縦カンを押してしまい、同機は機首から滑走路に激突していた可能性も高かったそうです。
参照 : 昭和41年8月6日付の朝日新聞夕刊
文 / 高木圭介
●この日に起きた他の出来事
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・ 名古屋のシンボル「金のしゃちほこ」が復元(1959年)
・ ウルトラマンとウルトラセブンが仲間であることが判明(1971年)
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