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【今日は何の日?】8月23日=ホームを走り支柱に頭をぶつけた京急車掌が、走行中の電車から線路に失神転落・京浜川崎駅(1982年)/ 雑学ネタ帳
《画像はイメージです》
43年前の1982(昭和57)年。夜8時25分ごろ、京浜急行大師線の京浜川崎駅(現・京急川崎駅=川崎市川崎区砂子)近くの線路で、発車間もない同駅発小島新田行きの普通電車最後部の車掌室から、意識を失った車掌男性(22歳)が線路上に転落するという事故が起きました。
事の顛末はこの車掌さん、直前の夜8時20分に小島新田発京浜川崎着の上り電車に車掌として乗務しており、終点の京浜川崎駅に着くと同時に、折り返して再び小島新田駅へと向かう同じ電車にも、引き続き車掌として乗務する予定となっていました。
折り返しの電車の車掌室は、つい先ほどまでの運転室。つまり電車の端から端、ホームの端から端までを、ごく短時間で移動する必要があります。ホームが乗客で混み合っている時間帯など、なかなか困難な移動となってしまいます。
そこでホームを小走りして移動していた車掌さんは、ホーム内にある鉄製支柱に激突。強く頭を打ってしまったのでした。すでに発車ベルが鳴っていたため、薄れゆく意識の中、なんとか車掌室に乗り込みステップに立っていたところ、発車した電車が30mほど走った地点で完全に意識を失い、「気がついたら線路に落ちていた」(車掌さん)のだとか。
2~3分、線路上で失神していた車掌さんは、なんとか自力で立ち上がり、約100m先の運転扱い所に連絡。一方、電車は車掌さんが転落したことに気がつかないまま次の港町駅に到着。ここで駅に到着してもドアが開かないことを不審に感じた運転手男性(29歳)はようやく車掌不在に気がつき、同駅の駅員さんが臨時車掌として乗務し、3分遅れで発車しただけで乗客には大きな影響はありませんでした。
線路へと失神転落した車掌さんは胸の骨を折っており、不幸中の幸いで約3週間の負傷で済みました。仮に電車本数の少ない大師線ではなく、ものすごい本数の電車が、これまたものすごいスピードで走り抜けていくことで知られる京急本線で同様の転落事故が起きていたならば、まず車掌さんの命はなかったことでしょう。
参照 : 昭和57年8月24日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
●この日に起きた他の出来事
・ イワシのお腹からラトビアからの手紙(1956年)
・ 17歳の乙女ゴルファーが男性239人を破って優勝(1959年)
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