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ニュース 今日は何の日?雑学 2025/09/05

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【今日は何の日?】9月5日=参議院議員となった立川談志が『笑点』に里帰り(1971年)/ 雑学ネタ帳

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 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

54年前の1971(昭和46)年。6月の第9回参議院選挙に全国区から無所属で出馬し、初当選した落語家・立川談志さん当時35歳)が、この日に放送された『笑点』(日本テレビ)で、当選後に初めて、番組へ"里帰り"しました。

談志さんは現在もなお放送が続く『笑点』(放送開始は66年5月)の企画立案の中心人物であり、初代の司会者でもあります。いろいろと騒動はあった模様ですが、69(昭和44年)12月の参院選出馬を理由に、同年10月に番組を降板。しかし、その選挙では落選したのでした。 

晴れて国会議員となり、久々の古巣に大張り切りの談志さんは、当時の笑点メンバーを前に「落語界の寵児・談志師匠が教えてやるんだから、よく聞けよ」と一席ぶったものの、メンバー一同はうんざりとした表情...。

まずは大アクビをかましつつ三遊亭円楽さん(五代目=当時38歳)が退席。続いて三遊亭小円遊さん(当時34歳)も退席し、今度は柳家小きんさん(のちの柳家つば女=当時33歳)らも「馬鹿馬鹿しくって」と席を立ってしまいました。

最後に一人だけ残った桂歌丸さん(当時35歳)の姿を見て喜んだ談志さんは「さすが歌丸師匠、芸がわかるね。オレはあんたが一番好きだ」と破顔一笑した途端、歌丸さんは「バカを言っちいけねえ。あっしゃ神経痛で動けないんだ!」とピシャリ。

おあとがよろしいようで――。

 参照 : 昭和46年9月4日付の毎日新聞夕刊

                           文 / 高木圭介

●この日に起きた他の出来事

フランソワーズ・モレシャンが臨時スポーツ記者に(1962年) 
フォーリーブスがレコードデビュー(1968年) 
新幹線ひかり号に食堂車がオープン(1974年) 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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