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【今日は何の日?】9月18日=大相撲が戦後初の"ナイター場所"を開催・蔵前国技館(1955年)/ 雑学ネタ帳
《画像はイメージです》
ちょうど70年前の1955(昭和30)年。この日に初日を迎えた大相撲秋場所(九月場所=東京・蔵前国技館)が戦後初の夜間開催"ナイター場所"として行われました。
プロ野球やプロレスにプロボクシング、当時大人気だった「興行スポーツ」は、主要客である勤め人や学生を集客するために、平日は会社や学校が終わってから会場へと駆けつけられる夜間に開催されるのが通常です。そんな中、午後6時に興行が終了してしまうという特殊な興行システムをキープし続けていたのが大相撲だったのです。
時代の流れに合わせるべく、大相撲でも新たな改革としてナイター場所に舵を切ったのでした。通常ならば早朝に序の口から取組が開始され、夕方4時すぎから幕内の取組が始まり、ほぼ同時にラジオやテレビの中継もスタート。午後6時には結びの一番が終わり、打ち出し(興行終了)という流れですが、この場所からは大幅に変更されます。
初日と八日目、千秋楽が行われる日曜のみは朝8時30分から取組が開始され、その他の日は午前11時からに変更。中入り後の取組は夕方5時15分ごろから開始され、打ち出しを夜8時と想定した時間進行となったのでした。
戦後初となる大幅な時間変更でしたが、朝8時ごろには早くも当日売りの大衆席とマス席が売り切れ...とはいっても、半分近くはダフ屋が買い占めていたとか。夕方5時すぎから続々と観客が集まり始め、ほぼ満員に。集客に関してはまずまずの及第点でしたが、日曜で初日という好条件にしては満員御礼とはならず、日本相撲協会の役員たちもアテが外れた表情。ちなみに館内に2軒ある食堂でも「昨今、お弁当持参組が多く、思ったほどでは...」と言葉を濁していたいたそうな。
ただ、もっともナイター場所に不満を漏らしたのは当の力士たちでした。長年、身体に染みついた生活リズムを崩すというのは相当なストレスだった模様で、体調を崩してしまう力士が続出。この日も「昼食終わってから退屈でやり切れんヨ」と、自身の取組まで巨体と時間を持て余してはブツクサとこぼす力士もチラホラ。
慣れない進行のため、この日の幕内取組がスタートしたのは、予定よりも95分ほど遅れた午後6時50分ごろでした。そして、最後にナイター場所への不満を訴えてきたのは新聞社でした。当時の新聞事情で、結びの一番が夜8時を過ぎてしまうと、配送や締め切り時間の関係で地方版などに載せる記事が間に合わないというクレームです。
他の興行スポーツに合わせて実施された大相撲のナイター場所は結局、この70年前の1場所のみで取り止めとなり、現在に至っています。
参照 : 昭和30年9月19日付の朝日新聞、毎日新聞朝刊
文 / 高木圭介
●この日に起きた他の出来事
・ 蔵前国技館が開館(1954年)
・ プロ野球公式戦で観客が審判を殴る・駒沢球場(1961年)
・ 郵政省が「話し中でも電話がかかるサービス」を認可(1970年)
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