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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/09/02

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【今日は何の日?】9月2日=甲子園準V・静岡商の新浦寿夫投手が退学届を提出(1968年)/ 雑学ネタ帳

野球・左投げ投手(シルエット).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

55年前の1968(昭和43)年。夏の甲子園大会(8月9~22日)で準優勝し、プロ野球の各球団から注目を浴びていた静岡商業高校新浦寿夫(壽夫=当時17歳)投手が、この日の夜、学校に退学届を出しました。

通常ならば、高校球児は秋の国体に向けて、動き出している時期なのですが、新浦投手は韓国籍(現在は日本国籍を取得)だったため、国体への出場が認められませんでした。

そんな事情もあり、各プロ球団では早くも新浦投手が高校を中退して即、プロ入りするのか? 卒業まで勉学を続けるか? に注目していました。新浦投手はこの日、静岡市内の自宅にて父・永植さん(45)、おじで弁護士の松原徳満さん(32)らと話し合った結果、卒業を待たずに高校退学を決意。プロ野球入りが確実となったのです。

当時、外国籍選手はドラフト会議の対象外となっていたため、新浦投手の獲得は"自由競争枠"となります。そのため国内6球団のみならず、米メジャーリーグ球団まで巻き込みつつの獲得競争となりましたが、退学届提出から1週間後の9月9日、正式に読売ジャイアンツへの入団が発表されました。甲子園大会の決勝戦から、わずか17日後の出来事でした。

ジャイアンツ入団後の活躍は説明するまでもありませんが、この新浦投手の巨人入団をきっかけに、ドラフト会議のルールも「日本の学校に所属する選手~」と改められることになったそうです。

 参照 : 昭和43年9月3日付の読売新聞朝刊

   文 / 高木圭介

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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