【初心者向け】立てない人の移乗介助とは?基本から場面・状態別に解説
文/奏かえで(作業療法士)「どう支えたらいいかわからない」「腰を痛めそうで怖い」──。立てない人の移乗介助に対して、そうした悩みを抱える新人介護職員は、けっして少なくありません。みなさんは同様の不安を感じたことはありませんか?
移乗は日々のケアで頻繁に行う基本動作のひとつです。しかし、無理に持ち上げたり力任せに動かしたりすると、利用者さんの転倒やけが、介助者の腰痛などにつながりかねません。そのため、介助を行うにあたっては、正しい知識と技術が求められます。
この記事では、5つの場面を取り上げて、ボディメカニクスの原則に基づいた、安全で負担が少ない移乗方法を解説します。準備のポイントや場面別の移乗方法、利用者さんの状態に応じた介助のコツなど、すぐにでも実践できる内容なので、ぜひ日々のケアにお役立てください。
1.移乗介助の基本はボディメカニクス
ここでは、移乗介助の基本となるボディメカニクスについて解説します。
移乗に必要なボディメカニクスの知識
「移乗(トランスファー)」とは、ベッドから車いす、車いすからトイレなど、利用者さんの体を別の場所に移す動作のことです。介護現場では日常的に行われていますが、立てない人の介助では、膝折れや転倒のリスクが高く、慎重な対応が求められます。
また、無理に移乗しようとすると、利用者さんのけがだけでなく、介助者の腰痛にもつながりかねません。そうならないために覚えておきたいのが、ボディメカニクスという体の使い方です。
ボディメカニクス9つの原則
ボディメカニクスとは、「body=体」と「mechanics=機械学」を組み合わせた造語で、「体の構造をうまく使い、少ない力で効率的に行う動作」を指します。
基本となる動作は、以下の9つです。
<姿勢を安定させる動作>
- 介助者の支持基底面(足底など)を広くする:足を大きく開いて、バランスを取る
- 介助者の重心を低くする:姿勢の安定、負担軽減のために腰を落とす
- 利用者さんとの距離を近づける:双方の重心を近づけることで力が伝わりやすくなり、小さな力で介助できる
<体に負担の少ない動作>
- てこの原理を使う:支点、力点、作用点を意識して動かすと、少ない力で動かせる
- 大きな筋肉を使う:太もも、腹筋といった大きな筋肉を同時に使うと、負荷を分散できる
- 介助者は体をねじらない:足先を移乗先に向けると、姿勢が安定して腰の負担を軽減できる
- 水平移動を意識する:利用者さんの体を持ち上げるのではなく、横に滑らせることで腕や足、腰への負担を軽くする
- 利用者さんの体をコンパクトにまとめる:腕を組む、膝を曲げるなどして体をコンパクトにまとめると、摩擦が減って動かしやすくなる
- ベクトルの法則を活用する:立ち上がるときは「前傾してから上方向へ」の順序を守る
とはいえ、一度にすべてを意識するのは大変です。介助の基本として、「姿勢を安定させる動作」の3つから覚えましょう。
なお、移乗の際とくに注意したいのが、「ズボンや衣類を引っ張って動かす」という間違った介助です。摩擦で皮膚を傷つけたり、ズボンが破れたりするだけでなく、利用者さんの不快感や信頼関係の損失にもつながるので注意しましょう。
その場合、次のような工夫をすると、衣類を引っ張らずにスムーズな移乗ができます。
- 利用者さんの骨盤を支える(てこの原理)
- 前傾姿勢を促す(ベクトルの法則)
- スライディングシートなどを使う(摩擦の軽減)
どれも、無理なく体を動かすのに適した動きです。ボディメカニクスの基本を押さえることで、利用者さんにも介助者にも優しい移乗ができるようになるでしょう。
2.立てない人を移乗する前にやるべきこと
移乗介助を安全に行うためには、事前の準備が欠かせません。準備不足のまま始めると、思わぬ事故につながりかねないので、次のポイントを意識しながら準備を進めましょう。
車いすの準備
移乗先に対して車いすを30〜45度の角度で斜めに配置すると、体をねじらずに移乗でき、介助者の負担が軽くなります。
ブレーキをかけ、フットレストや移乗側のアームレストをあらかじめ跳ね上げるか、取り外しておきましょう。
ベッドの準備
ベッドの高さは、「移乗先がやや低め」になるように調整するのが基本です。ベッドから車いすに移乗する場合は、ベッドをやや高め、車いすからベッドに移乗するなら、ベッドをやや低めに設定しましょう。
こうすることで水平移動がしやすくなり、ボディメカニクスを生かした動作が可能になります。
利用者さんの状態確認と声かけ
まずは利用者さんの筋力やまひの有無、認知機能などを確認してください。その際、とくに注意したいのが、膝折れです。膝折れは、膝に力が入らず急にカクッと崩れる現象で、転倒リスクが高まります。もし、膝折れの可能性がある場合は、両膝を軽く支えながら移乗するとよいでしょう。
また、移乗中は「足をこちらに向けますね」「前かがみになりますよ」など、動作をひとつずつ伝える声かけが効果的です。それによって、利用者さんの不安が和らぐのはもちろん、残存機能(失われずに残っている能力)を発揮することにもつながります。
福祉用具などの準備
スライディングシートやボードを使うと、持ち上げずに安全な移乗ができます。必要に応じて、2人介助やリフトの使用も検討しましょう。
以上の4つの事前準備を行うことで、利用者さんの安全だけでなく、介助者自身の体も守ることができます。
3.場面別・立てない人の移乗手順
ここでは、立てない利用者さんを移乗する方法を場面別に解説します。実際に介助するときは、先に紹介した事前準備を整えてから行ってください。
ベッド・車いす間の移乗
ベッドと車いす間の移乗は、病院や施設、在宅などでよく行われる動作です。ボディメカニクスに沿って動線や高さを整えると、負担を減らして介助できます。
<ベッドから車いすへの移乗>
1. 端座位になった利用者さんの横に、車いすを寄せる
2. 利用者さんの横に片膝を立てて座り、体を車いすに向ける
3. 車いす側にある利用者さんのわきの下に、頭をくぐらせる
4. 反対側のわきの下に腕を回し、背中を支える
5. 体で利用者さんの膝を支えつつ、前傾にしてお尻を浮かせる
6. お尻を車いすに向け、空いた手で車いすを引き寄せて座らせる
<車いすからベッドへの移乗>
1. ベッドのほうを向いて、利用者さんの横に座る
2. ベッド側にある利用者さんのわきの下に、頭をくぐらせる
3. 反対側のわきの下に腕を回し、背中を支える
4. 体で利用者さんの膝を支え、空いた手で車いすなどを押して前傾させる
5. 膝を抱え、お尻をベッドに向けて座らせる
あらかじめ移乗先の方向を向いておくと、体をねじらずに介助できます。もし、床に座っての介助が難しい場合は、立って介助してください。その場合は、介助者の膝で利用者さんの両膝を挟み、利用者さんを前傾させてから立ち上がらせましょう。
床・車いす間の移乗
布団など、床に寝ている利用者さんを車いすに移乗させる場合、車いすとの間に高低差があるため、介助者の負担が大きくなります。そのため、2人介助での対応がおすすめです。
<床から車いすへの移乗(2人介助)>
1. 車いすのフットレストを取り外し、ブレーキをかけて寄せる
2. 利用者さんの上半身を起こす
3. 介助者Aは背後から上半身を支える
4. 介助者Bは利用者さんの両膝を立て、足先を両ももで挟んで固定する
5. Aは背中に密着しながら、両手でお尻を支える
6. Bは背に手を回し、利用者さんを前傾させる
7. 息を合わせて利用者さんのお尻を上げ、Aの膝上に座らせる
8. 再度息を合わせてお尻を上げ、車いすに座らせる
一方、車いすから床への移乗は、高い場所から低い場所への動作になるため、介助者の負担は軽くなる傾向があります。以下は、ひとりで移乗する場合の手順です。
<車いすから床への移乗>
1. 車いすの横に座る
2. 介助者から反対の位置にある利用者さんのわきの下に、頭をくぐらせる
3. 上から手を差し込んで骨盤付近を抱え込み、利用者さんの頭を横に傾けてお尻を上げる
4. 抱えたまま膝立ちで布団まで移動し、正座して利用者さんを膝の上に座らせる
5. 足を開き、ゆっくり下ろす
重心を安定させる姿勢(膝立ちや正座など)や、前傾からお尻を持ち上げる動作などがポイントです。ボディメカニクスを生かすことで、少ない力でも負担を抑えた移乗ができます。
トイレ・車いす間の移乗
ある程度立位が取れる利用者さんであれば、手すりにつかまり立ちしてもらい、その間にズボンを下ろす介助が可能です。しかし、立てない人の場合は、立位保持中に転倒のリスクがあるため、別の方法が必要です。
ここでは、丸いすを活用し、介助者の肩と膝で支えて移乗する方法を紹介します。
1. 車いすをトイレに寄せ、フットレストを外す
2. 介助者の背後に丸いすを置く
3. 利用者さんを浅く座らせて両手を組んでもらい、介助者の肩(トイレと反対側)から背中に回してもらう
4. 片手で肩甲骨を支え、もう一方の手で膝を支える
5. 利用者さんが前かがみになりやすいように、介助者が丸いすに座る
6. 膝で利用者さんの膝を挟み、支えながらトイレ側へ体の向きを変える
7. 肩と膝で利用者さんを支えながら、両手を使ってズボンなどを下ろす
8. トイレに座らせる
着座後は手すりにつかまってもらい、姿勢が安定しているのを確認してから離れましょう。
トイレから車いすに戻る場合は、利用者さんの手を介助者の肩(車いすと反対側)から背に回してもらい、同様の手順で行います。不安がある場合は、無理せず2人介助を選択してください。
排泄は利用者さんにとって、とてもプライベートな行為です。「失敗したくない」「恥をかきたくない」という気持ちに寄り添い、尊厳を守る移乗介助を心がけましょう。
車・車いす間の移乗
車の座席は高低差があり、スペースも限られているため、移乗には工夫が必要です。以下の手順で、安全に乗り降りしましょう。
<車いすから車への移乗>
1. 浅く座らせ、車側の足を一歩前に出してもらう
2. 介助者は両足を大きく開いて立ち、車側の足先を車に向ける
3. 利用者さんの両わきに手を入れ、肩に手を回してもらう
4. 腰を落とし、利用者さんを前傾にして立ち上がらせる
5. 体を支えながら、お尻を車の座面に向けて座らせる
6. 足を片足ずつ車内に入れ、姿勢を整える
<車から車いすへの移乗>
1. 利用者さんの体をドア側に向け、支えながら両足を外に出す
2. 浅く座らせ、車いす側の足を一歩前に出してもらう
3. 介助者は両足を広げて立ち、車いす側の足先を車いすに向ける
4. 利用者さんの両わきに手を入れ、肩に手を回してもらう
5. 腰を落とし、利用者さんを前傾にして立ち上がらせる
6. 体を支えたまま、お尻を車いすに向けて座らせる
7. 姿勢を整える
車の乗り降りは、頭をぶつけたり、姿勢を崩したりしやすい場面です。状況に応じて、ドア枠にタオルを当てて保護する、スライディングボードや回転マットを使うなどの工夫をしましょう。
4.「立てない理由」に合わせた介助のコツと注意点
ひと口に「立てない」といっても、原因や状態は人それぞれです。ここでは代表的な4つのタイプを挙げて、介助のポイントや注意点、声かけの例について解説します。
脚の力が残っている人
脚の力は弱いものの、一部の立ち上がり動作が可能な利用者さんには「できる動き」を最大限に生かした介助をしましょう。
動ける部分はできるだけ本人に動いてもらうことで、残存機能の維持と向上につながります。
<介助のポイント>
- 声かけで「できる動き」を引き出し、必要な部分だけを補助する
- 前傾姿勢を促し、声かけでタイミングを合わせて立ち上がる
- 膝折れの予兆を見逃さず、必要に応じて膝を支える
<声かけの例>
「せーの、で立ちましょう」
片まひの人
片まひがある利用者さんの移乗では、非まひ側(まひのない側)からの移乗が基本です。
また、片まひの利用者さんは感覚や筋力に左右差があるため、バランスを崩しやすく、移乗中の転倒などにつながる恐れがあります。立位保持や体重移動が難しい場合もあるため、注意しましょう。
<介助のポイント>
- 非まひ側から移乗を行い、利用者さんの動きを引き出す
- まひ側の手足がねじれたり、巻き込まれたりしていないか確認する
- 左右差に配慮した声かけで、安心感とタイミングをサポートする
<声かけの例>
「右手で柵を持ってくださいね」
認知症の人
認知症の利用者さんは、記憶力や理解力に波があるため、移乗の目的や状況が伝わりにくいことがあります。
介助を受けることに不安や混乱、抵抗感を示す場合もあるため、安心感を与える声かけと、ゆっくりと丁寧な移乗を心がけましょう。
<介助のポイント>
- 短く、具体的な言葉で繰り返し伝える
- 「怖くないですよ」「大丈夫ですよ」など、安心感のある声かけを意識する
- 急がず、ひと呼吸おいてから動作に入る
<声かけの例>
「ここにお尻を置きますよ」
拘縮や円背がある人
拘縮のある利用者さんは、関節が固まって動かしづらく、痛みが出やすい状態になっています。一方、円背の利用者さんは背中が丸まっているため、姿勢が不安定になりやすいのが特徴です。
いずれの場合も、無理に動かそうとせず、体の状態に合わせた介助をしましょう。
<介助のポイント>
- 関節が動く範囲、体の傾きに合わせて移乗する
- クッションで支える、座面の高さを調整するなどの工夫で、安定した座位を確保する
- 動かせる範囲で介助し、痛みや不安を避ける
<声かけの例>
「楽な姿勢で大丈夫ですよ」
移乗介助では、利用者さんの「できる力」を生かすことが大切です。また、すべての利用者さんに同じ介助を当てはめるのではなく、その人に合った方法を考えることが、スムーズで安心できる移乗につながります。
まとめ:「ひとりで頑張り過ぎない」も立派な選択
立てない人の移乗介助に大切なのは、知識やスキルだけではありません。「この人に安全に動いてほしい」という思いやりの気持ちも、移乗介助においてはとても大事です。無理な動作や力任せの介助を避け、ボディメカニクスを生かした体に優しい動きと、きちんとした事前準備を心がけましょう。
もし、移乗方法で迷ったときはひとりで抱え込まず、先輩の介護職員や看護師などに相談してください。「2人介助のほうが安全かもしれない」と感じたら、それはプロとしての立派な判断です。
移乗介助の正解は、ひとつとは限りません。利用者さんの状態やその場の状況に応じて、落ち着いて対応していきましょう。初めのうちは時間がかかっても大丈夫。丁寧な声かけと動作を積み重ねるうちに、少しずつ自信を持って介助できるようになるはずです。
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