利用者に心地よい介護技術「立ち上がり介助のポイント」|認知症ケアの現場から(41)
文・写真/安藤祐介介護技術をひと言でいうなら、「人の動きの支援」です。人の動きは寝返りや立ち上がりといった基本的なものから、食事・排泄・入浴といった複雑なものまで幅広くあり、介護者はそれらを介護技術で支援します。
言葉で書くと簡単そうですが、実際は介護技術に難しさを感じる人も少なくないと思います。その理由は、多くの人が「考えなくても動けている」からです。街行く人たちのなかに、「どうやって歩こう?」「どうやって階段を登ろう?」と考えながら動いている人はほとんどいませんよね。そのため、いざ介護者となり利用者さんの動きを手伝おうと思うと、どうすれば良いのかわからずとまどうのです。
そこで、本記事では単行本『利用者に心地よい介護技術(中央法規出版)』の執筆者でもある作業療法士の安藤祐介が、人が楽に動くためのポイントと、現場で生かしやすい介護技術を紹介します。今回取り上げるのは「立ち上がり介助」です。
1. 立ち上がり介助のポイント①:体の弱点に触れるのを避ける
立ち上がり介助をする時は、利用者さんの体の弱点に触れるのを避けましょう。人の代表的な弱点は「首・脇・腰・股」といった体のつなぎ目となるデリケートな部分です。利用者さんはそこに触れられると緊張で体が硬くなったり、物理的に動きが妨げられたりするため、できるだけ避けながら介助する必要があります。
介護者が立ち上がり介助時に、特に触れやすいのが「脇」と「股」です。脇は立ち上がりを前方や側方から介助する際に、股はズボンを引き上げるように介助する際に圧迫されやすいため、手・背中・骨盤といった、弱点ではない部分を介助してみてください。
△好ましくない介助...脇を介助する
△好ましくない介助...ズボンを持って介助する
〇好ましい介助...手や背中を介助する
2. 立ち上がり介助のポイント②:足裏で床を実感してもらう
立った姿勢の時、床に着いているのは足裏だけです。つまり、人は足裏でしっかりと床を踏みしめられないと、安定して立てません。しかし、立ち上がりに介助を要する利用者さんの多くは、体を動かす機会が不足して足裏の感覚が鈍っています。
そのため、立ち上がり介助をする際は、前段階として足裏を床に着けてもらい、膝を上から軽く押すなどして、利用者さんに床があることを実感してもらいましょう。このひと工夫によって足の感覚がはっきりするので、足で体を支える準備が整ったり、立つ時に足裏が滑りにくくなったりする効果が期待できます。
△好ましくない介助...足裏が床に十分に着いていない
〇好ましい介助...足裏で床を実感してもらう
3. 立ち上がり介助のポイント③:下方向への動きを促す
地球には重力があるため、人は常に下方向に引かれています。立ち上がりは一見すると上方向への動きですが、実は重力の力を借りるように下方向に動いてから上方向に向かったほうが、心地よく立てます。試しに、「上方向に向かいながら立った時」と「下方向に向かいながら立った時」を比べてみてください。おそらく、多くの方が後者を立ちやすいと感じたと思います。
それは、最初に重力に逆らわず下方向に向かうことで、下がった分の力を上方向に向かう力へと変換できたからです。立ち上がり介助時も、利用者さんの下方向への動きを促してから上方向への動きにつなげると、介助が楽になります。なお、ポイント②で解説した足裏で床を実感してもらうのは、下方向に安定して動くためにも重要です。
△好ましくない介助...上方向に促しながら介助する
〇好ましい介助...下方向に促しながら介助する
4. 立ち上がり介助のポイント④:前後に揺れながら立つ
人は止まった状態から立つより、少し動いている状態からのほうが立ちやすくなります。試しに、「止まった状態から立った時」と「前後に小さく揺れながら立った時」を比べてみてください。おそらく、多くの方が後者を立ちやすいと感じたと思います。
人は突然大きく動こうとすると多くの力を必要としますが、最初にあまり力を必要としない小さな動きから始め、それを徐々に大きな動きへとつなげていけば少ない力で立てます。車に例えるなら、静止した状態からいきなりアクセルを踏むより、ブレーキから足を放し、クリープ現象でゆっくりと前進した状態からアクセルを踏んだほうが、スムーズに発進できるようなものです。立ち上がり介助も、利用者さんがご自身で行える程度の小さな揺れからスタートし、少しずつ大きくするように介助すると立ちやすくなります。
△好ましくない介助...止まった状態から介助する
〇好ましい介助...前後に小さく揺れながら介助する
5. 立ち上がり介助のポイント⑤:左右非対称に動いてもらう
誰しも利き手・利き足があるように、人の体は左右対称なように見えて、細かく見るとさまざまな部分が非対称になっています。例えば、左右の手足の長さが少しずつ違う、握力が違う、臓器の位置が違うなど、体の左右がまったく同じ人はいません。そのため、動く時も左右対称に行うより、非対称に行ったほうが無理のない動きになります。
立ち上がりについても、多くの人が体を真っすぐに動かしていると思っていますが、前屈みになる時にわずかに左右に揺れていたり、立つ時に左右の足に交互に重さを移したりと、自然に非対称な動きをしています。実際にやってみるとわかりますが、左右の力を均等にしながら立つのは意外に難しいのです。利用者さんの立ち上がりを介助する時も、左右の足を非対称な位置に置いてもらったり、左右に揺れてもらったり、体を軽くねじってもらったりすると心地よい動きにつながります。
△好ましくない介助...体を左右対称に介助する
〇好ましい介助...体を左右非対称に介助する
6. 立ち上がり介助のポイント⑥:背中をなでて動きの方向をわかりやすくする
利用者さんのなかには認知症などの影響で、立ち上がるために体をどう動かしていいのかわかりにくくなっている方がいます。そういった方には、皮膚をなでて動きの方向を伝えるという介助がおすすめです。例えば、「立ってください」という声かけが理解できない利用者さんがいた場合、背中を上方向になでる介助を行うことで「上に向かいましょう=立ちましょう」という促しになり、立ち上がりへの協力が得やすくなることがあります。
また、皮膚は体全体をくまなく覆っているため、皮膚の動きが体の動きに影響を与える場合もあります。手の甲の皮膚を摘まんだ状態で指を曲げ伸ばすと、多くの人が指の動かしにくさを感じると思いますが、それと同じです。
手の甲を摘まみ、指を曲げ伸ばす
立ち上がりの際は、背中やおなかの皮膚の動きにくさが、立ちにくさに影響することもあります。そのため、皮膚を上方向になでる介助には、方向を伝えつつ、「皮膚の動きを手助けする=立ちやすくなる」効果も期待できるのです。
△好ましくない介助...背中を下方向になでる
〇好ましい介助...背中を上方向になでる
7. 立ち上がり介助のポイント⑦:座面に浅く座ってもらう
車椅子や椅子からなかなか立ち上がれない利用者さんがいた場合は、座面の座る位置に注目してください。例えば、椅子の座面に「深く座っている時」と「浅く座っている時」では、どちらのほうが立ちやすいでしょうか。試してみると、多くの方が後者を立ちやすいと感じると思います。座面と体の接触面積が狭くなると、体が不安定な姿勢になる反面、動きやすくなるからです。逆に深く座ると、体が安定しやすい反面、動きにくくなります。
利用者さんが立ちにくい場合、座面に深く座りすぎていることが原因である可能性があるので、立ち上がり介助をする前にお尻を前に出してもらいましょう。その際は、お尻を左右交互に前に出してもらったり、両手で肘掛けを押してお尻を浮かせてもらったりして介助すると良いでしょう。
△好ましくない介助...座面に深く座っている
〇好ましい介助...座面に浅く座っている
8. 立ち上がり介助のポイント⑧:前屈みになりお尻を上げやすくする
利用者さんのなかには、両足に重度の筋力低下が見られたり、股・膝関節が曲がった状態で固まっていたりして、介助があっても立てない方がいます。その場合は、足を伸ばして真っすぐに立つ立位を目指さず、中腰でお尻を上げてもらう「その方なりの立位」を目指しましょう。
その際は、できるだけ前屈みになってもらうことが大切です。例えば、椅子に座っている時、「背筋を伸ばした姿勢」と「前屈みの姿勢」では、どちらのほうがお尻を上げやすいでしょうか。試してみると、後者のほうがお尻を楽に上げられる方が多いと思います。理由は、前屈みになることで頭・胸・腹の位置が前方に移動し、お尻にかかる負荷が軽くなったからです。十分に立つことが難しい利用者さんも、体を預けられる椅子などを置いて、大きく前屈みになってもらうと、お尻を上げる介助が行いやすくなります。
△好ましくない介助...背筋を伸ばした姿勢でお尻を上げる
〇好ましい介助...前屈みの姿勢でお尻を上げる
9. 立ち上がり介助のポイント⑨:手すりは横&低いほうが立ちやすい
手すりを使って立ち上がり介助を行う際は、縦手すりではなく横手すりを使ってもらいましょう。縦手すりは縦に長いため、どの位置でもつかみやすいという長所がある反面、手すりを引っ張りながら立つ動き(手の力に頼って立つ動き)になりやすく、繰り返すと足の力が低下したり、体の突っ張りが助長されたりする恐れがあります。
一方、横手すりは、持ち手の高さが決まっているという短所があるものの、テーブルや肘掛けと同じように手で押しながら足を使って立つ、立ち上がり本来の動きを引き出しやすくなります。そうした動きは、足の力の維持にもつながるでしょう。なお、横手すりの位置が調整可能な場合は、できるだけ低い位置に設定するのがおすすめです。手すりが低い位置にあると、【ポイント③:下方向への動きを促す】と【ポイント⑧:前屈みになりお尻を上げやすくする】が、手すりにつかまるだけで自然と促せるようになります。
△好ましくない介助...縦手すりの高い位置につかまってもらう
〇好ましい介助...横手すりの低い位置につかまってもらう
まとめ
今回は、利用者さんに心地よい介護技術として、「立ち上がり介助のポイント」をお伝えしました。ただし、利用者さんのなかには、疾患や障害の影響、あるいは長年培われてきた動きの習慣や体の特性のために、逆に動きにくくなってしまう方もいます。その場合は、紹介したポイントを無理に当てはめようとせず、その方に合わせた心地よい動きを探ってみてください。
なお、介護技術への理解を深めたい方には、「動きの学習」の専門家である谷口奨先生が提唱するシンプルラーニング・予防介助の考え方をおすすめします。介助に悩んだ時には参考にしてみてください。
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