飲み込む力が弱くなった高齢者にはどんな対応をすべき?加齢と嚥下機能の関係|みんな知らない高齢者の世界
取材・文/タケウチ ノゾミ(イージーゴー)「食事の様子を見ていると、最近むせることが多くなった気がする」「硬いものが飲み込みづらいようだ」など、高齢者の嚥下(えんげ)機能に不安を感じていませんか。嚥下機能に問題が生じる「嚥下障がい」を起こすと、食べ物を噛んだり、飲み込んで胃に送ったりする動作が難しくなり、栄養失調や誤嚥性肺炎の発症にもつながります。
では、飲み込む力が弱くなった高齢者にはどのような対応が必要なのでしょうか。加齢と嚥下機能の関係について、東京医科歯科大学 摂食嚥下リハビリテーション学分野教授の戸原玄先生に話を聞いてみました。
1.高齢者の嚥下機能低下の理由
ーーなぜ、高齢者になると嚥下機能に問題が生じるのでしょうか。理由を教えてください。
嚥下機能に問題のある高齢者は多く見られるため、年を取ると自然と嚥下機能が落ちるイメージがあるかもしれませんが、実は身体機能よりも先に嚥下機能が低下するケースはほとんどありません。その理由は、身体全体の筋肉が徐々に衰えていくことで、次第に嚥下機能も低下していく傾向にあるためです。
筋肉の老化は60代くらいから始まると言われていて、脚→腕→身体の順番で弱っていくことが一般的です。そのため、脚や腕など身体の筋肉が落ちていない場合は、嚥下機能もほぼ低下していないと考えられます。
もちろん脳血管疾患などの病気によって嚥下障がいが起きることもありますが、スタスタと歩けているのに、嚥下に問題がある方はほとんどいらっしゃいません。高齢者の嚥下機能が低下する多くの理由は、身体全体における筋肉の弱りと言えるでしょう。
2.嚥下機能が低下することで生じるリスク
ーーでは、高齢者の嚥下機能が低下すると、どのようなリスクが生じるのでしょうか。
誤嚥性肺炎などの病気を発症することは広く知られていますが、その他にもリスクは存在します。まずは、栄養状態の偏りが生じることです。嚥下機能が低下すると、食べやすいものばかり食べるようになるため、毎回同じような食事になってしまいます。
例えば「歯が痛い時に食べるもの」といえば、お粥やうどんを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし、食べやすいからとお粥やうどんばかりを食べていると、炭水化物が中心の食生活になってしまい、タンパク質や野菜が不足して栄養状態が悪化してしまいます。
また、社会的に孤立してしまうこともリスクの一つです。嚥下機能の低下時は、食べられないものが増えるだけでなく、食事の時間が長引いたり、うまく食べられなかったりすることが増えてしまいます。すると、「自分だけ食べるスピードが遅いので、友人と食事に行きたくない」「孫が遊びに来ても、一緒に食事ができないので辛い」などと感じるようになり、次第に社会的に孤立してしまうのです。
3.嚥下機能が低下した人に適した食事
ーー確かに、「食べやすいもの=炭水化物」と考える人は多いかもしれません。具体的には、どのような食事が適しているのですか。
天ぷらなど、一見硬そうに見えても、意外と食べやすいものは複数存在します。「天ぷらは衣が硬いのでは」と感じるかもしれませんが、衣は噛んでいるうちに溶けてしまうため、中の具によっては問題なく食べられるケースも多いです。
他には、カレーや肉じゃがなどの煮物系も食べやすいでしょう。野菜や肉は煮込むと柔らかくなるため、しっかりと噛めない場合も飲み込んでしまうことができます。鍋で煮込む時間がない場合は、圧力鍋の使用も検討してみてください。特別な食事を用意するよりも、一般的な料理のなかで食べやすいものを考えてみると良いかもしれません。
4.食事を用意する際の注意点
ーー嚥下機能の低下と一口に言っても、人によって症状や状態が異なるかと思います。嚥下機能の状態に見合った食事を用意するために、注意すべき点について教えてください。
まずは、食事の様子をよく観察してみてください。例えば、「ご飯は完食できるが、水や汁物を飲む時だけむせている」といった傾向が見られる場合は、水分にとろみづけをすることで、問題なく食事を続けられる可能性があります。
また「朝だけ飲み込みに時間がかかり、食事が進まないようだ」など、時間による変化が見られる場合もあります。このようなケースは朝食を汁物だけにして、10時におやつを食べてもらうことで、一日の総摂取カロリーを調整できます。その方の傾向に合わせて、柔軟な対応を心がけてみてください。
ただし、食事を工夫しても食べづらそうにしているなど、思うようにいかないこともあるでしょう。その際は、歯科や内科などの医療機関にて相談してみることをおすすめします。嚥下に詳しい医療機関が近所にあるか調べたい場合は、私が制作・運営しているWebサイト「 摂食嚥下関連医療資源マップ」も参考にしてみてください。
5. 嚥下機能が低下した高齢者に対して周囲の人が気をつけるべきこと
ーー嚥下機能が低下した高齢者に対して、食事の他に、周囲の人が気をつけるべきことはありますか。
日常生活の過ごし方を見直すことも重要です。嚥下機能は体幹との関係が深いため、体幹が弱りづらい生活を送ることで、嚥下機能の低下を防止できます。より具体的に言えば、高齢者を一日中寝かせておくことはなるべく避け、日中はできるだけ起きた姿勢を保つように心がけることが重要です。
後輩の研究者が行った調査によれば、「1日あたり6時間程度ベッドから離れて過ごしている人は、嚥下機能が低下しづらい」という結果が出ています。寝たきりの場合も、リクライニング機能などを活用してベッドごと起こすなどにより、体勢を変えることをおすすめします。
戸原 玄(とはら はるか)
1997年東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業。藤田保健衛生大学医学部およびジョンズホプキンス大学医学部に留学後、東京医科歯科大学大学院卒業(歯学博士)。
2008年日本大学歯学部准教授を経て、2020年より現職。日本老年歯科医学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会理事、Patient Doctor's Network理事などを務め、日本医療研究開発機構「高齢者の摂食嚥下・栄養に関する地域包括的ケアについての研究」、厚生労働科学研究費補助金「地域包括ケアシステムにおける効果的な訪問歯科診療の提供体制等の確立のための研究」、東京都と大学の共同事業「インクルーシブフードの開発と普及」,などを歴任。
摂食嚥下障害、在宅訪問診療などに力を入れている。著書に「食べることの意味を問い直す」、「老いることの意味を問い直す」(クリエイツかもがわ)。
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