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【今日は何の日?】11月6日=近畿大学の長岡(のちの大関朝潮)が学生横綱に(1976年) / 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
46年前の1976(昭和51)年。大阪・堺市立大浜体育館で開催された「第54回全国学生相撲選手権」の個人戦において、近畿大学3年の長岡末弘選手が無敵に近い強さで優勝し、第54代学生横綱に輝きました。
近大からの学生横綱誕生は、49(昭和24)年の吉村道明さん(のちにプロレスラー)以来、27年ぶり2人目となる快挙でした。
当時179cm145kgの巨体にも関わらず、低い立ち合いから突っ張る速攻を武器としていた長岡選手は、前年に西日本学生選手権で優勝して学生相撲界で台頭。この年には10月の全日本学生体重別選手権をはじめ、5大会に優勝し、プロ(大相撲)のスカウトからも注目を集めていました。
長岡選手は翌77年にも2年連続で学生横綱に輝き、大相撲入りを表明。高砂部屋に入門し78年3月には幕下付出でデビュー後、7月には十両昇進で関取に。11月には新入幕と怪物ぶりを発揮し、83年には大関に昇進しています。当初は本名の「長岡」を名乗っていましたが、79年に「朝汐太郎」、82年に「朝潮太郎」と改名しています。
相撲ファンでない人からも「大ちゃん」のニックネームで親しまれていた朝潮ですが、よくよく考えてみると四股名にも本名にも関係ありません。これは子どもの頃から身体が大きく「大ちゃん」と呼ばれていたのが、そのまま世間へと浸透してしまった珍しいケースですね。
高知県安芸郡(現・室戸市)出身の朝潮は小学生時代、常に学業で学年トップという秀才として知られ、そのため小学校卒業と同時に高知市内の中学へと越境入学するほどでした。ところが中学生の時点で100kgを超える巨体を見込まれ、相撲大会に出場したところ大活躍。その流れから高校、大学と相撲を続けることとなり、ついには角界入りへと至ったそうです。
参照 : 昭和51年11月7日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
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介護のみらいラボ編集部コメント
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