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【今日は何の日?】6月21日=国電・西荻窪駅の助役が命がけの人命救助(1963年) / 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
ちょうど60年前の1963(昭和38)年。午後6時40分ごろ、国電中央線西荻窪駅(東京都杉並区)の下りホーム(※当時は地上駅でした)で、暑さのため貧血を起こして線路に転落した女子学生(20歳)を、ホームにいた同駅の助役さん(45)がとっさの判断で救出しました。
この日は6月とはいえ、不快指数の高い1日でした。武蔵野市在住の女子学生は、テストのため前夜1時30分ごろまで勉強し、テスト終了後に友人とテニスを楽しんだ帰り道でした。寝不足と貧血のため目まいを感じた女子学生は西荻窪駅で途中下車して、ベンチで休もうとしたところ、ベンチが満席だったため、立っていたところ、再び目まいを起こして線路へと転落してしまったのです。
ホームには東京発三鷹行き快速電車がホーム先端にさしかかろうとしていました。ホームにいた同駅の助役男性(45)が「あぶない!」と叫ぶや、線路へと飛び降り、女子学生を線路から50センチ離れたホームの側溝へと押し込み、かばうように身体に覆いかぶさりました。
電車の運転士は約60メートル手前で異変を察知し、急ブレーキをかけたものの間に合わず、ホームと線路のわずかなすき間にうずくまっていた助役さんの右頭部に、電車のカドを引っかけつつ、50メートルを走行したところで電車はストップしました。
駅員たちによって駅前の松田病院へと運び込まれた助役さんは頭部と全身打撲で約1か月の重傷。女子学生は転落時の打撲のみで1週間程度のケガで済んだそうです。
とっさの判断で女子学生の命を救った助役さんの勇敢な行動には各方面から称賛が集まり、意識回復後に助役さんに助けられたことを知った女子学生も「ほんとに命の恩人です、ケガがひどくなければ良いのですが...」と声を詰まらせつつ感謝の言葉を述べました。
この勇敢なる助役さんは、小柄な体格ながら国鉄の卓球選手として活躍したスポーツマンで、その判断力と機敏さも人命救助成功につながったと見られています。
参照 : 昭和38年6月22日付の毎日新聞朝刊
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介護のみらいラボ編集部コメント
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