#11月23日#プレイボーイ#九州場所#今日は何の日?#北の富士#北玉時代#大相撲#大関#日本相撲協会#昭和44年#横綱#横綱審議委員会#玉ノ海#玉乃島#舟橋聖一
【今日は何の日?】11月24日=大関・北の富士の横綱昇進が見送られる(1969年)/ 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
55年前の1969(昭和44)年。東京・柳橋の料亭「亀清楼」にて、大相撲九州場所(11月9~23日、福岡スポーツセンター)後の横綱審議委員会が行われました。
委員会には作家の舟橋聖一委員長をはじめ全8委員と、日本相撲協会からは武蔵川理事長、春日野、宮城野両審判部長、伊勢ノ海監事が出席。その場で九州場所で2度目の優勝を果たした大関・北の富士(当時27歳=のちの第52代横綱)さんの横綱昇進を「時期尚早」として見送ることで全員の意見が一致しました。
この九州場所は横綱・柏戸さんがこの年7月に引退したことで、「一人横綱」となっていた大鵬さんが10日目で欠場。つい先日、訃報(11月12日に82歳で死去)が伝えられた北の富士さんは大関として奮闘し、千秋楽を待たず13日目に同じく大関の琴桜さんを破り12勝1敗で優勝を決めます。翌日の14日目は麒麟児さんに敗れ2敗目を喫したものの、千秋楽では同じく大関で最大のライバルである玉乃島(のちの第51代横綱・玉ノ海=当時25歳)さんを下し13勝2敗で場所を終えました。
協会としては1日も早く、大鵬さんに続く大看板・横綱を誕生させたいところでしたが、舟橋委員長は「この2年間の成績で玉乃島に劣っているし、玉乃島が昨年夏場所に優勝した時も見送られているので、北の富士もまだ(横綱に)推薦するわけにはいかない。このほか大関在位中の成績、最近5場所の成績を検討しても、まだ早いという結論に達した」と説明。
北の富士さん本人も「だめだと覚悟はしていました。このまま、すんなりと横綱に推されたら玉乃島関に悪いですからね。来場所がんばります」とコメントするに留まりました。
そして迎えた年明けの初場所、北の富士さんと玉乃島さんは千秋楽で、ともに13勝2敗で並び、優勝決定戦で勝利した北の富士さんが3度目の優勝。場所後には2人揃って横綱に推挙されたのでした。
参照 : 昭和44年11月25日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
SNSシェア
介護のみらいラボ編集部コメント
高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。