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【今日は何の日?】4月8日=忠犬ハチ公とご主人の上野博士が59年ぶりに再会・渋谷(1984年)/ 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
41年前の1984(昭和59)年。昔も今も東京・渋谷のシンボルであり続ける忠犬ハチ公の慰霊祭が行われました。
この年はハチ公像の建立から50年目にあたり、さらにハチ公が渋谷駅前で待ち続けた東京大学の上野英三郎博士の没後60年とあり、ハチ公の銅像と東大にある博士の胸像が59年ぶりの対面を果たし、駅前を埋めた若者たちや家族連れから温かい拍手が送られました。
上野博士は東大農学部農業工学科の生みの親。きっかけは東大農学部4年の松田郁夫さん(21歳)らが、記念行事として銅像同士の対面の企画を持ち込んできたことでした。
午後1時から行われた慰霊祭の後、東大農学部農業工学科の学生たちが大学から運んできた博士の胸像がハチ公像の前に置かれ、胸像を覆っていた白い布が外されると、正面を見据えた博士の視線が、ちょうどハチ公に注がれる形となり、59年ぶりとなる感激の再会が実現したのでした。
秋田犬のハチ公は1923(大正12)年11月に秋田・大館で誕生し、博士にもらわれて東京へとやってきました。毎日、博士を渋谷駅まで送迎するのが日課となっていましたが、博士は2年後の1925(大正14)年5月21日に大学内で急死。ハチ公は博士の死を知らぬまま、10年近くも駅前で博士の帰りを待ち続け、その美談が広まり、1934(昭和9)年4月に集まった募金によって、渋谷駅前に銅像が建てられたのでした。
ところで渋谷駅前に運ばれてきた上野博士の胸像ですが、万が一に備えて保険がかけられることになったものの、この胸像の価値を計ろうにも、一体誰が作り、いつから大学にあるのか? 教員や古くからいる職員の誰もが把握しておらず不明のまま。やむを得ず保険会社が勝手に査定し、保険金が240万円、保険料が4,060円と決まったそうな。
参照 : 昭和59年4月9日の毎日新聞朝刊
文 / 高木圭介
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介護のみらいラボ編集部コメント
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