科学館で「老い」を擬似体験!?日本科学未来館の「老いパーク」で高齢者の身体状況を体験しよう

東京都江東区にある日本科学未来館では、2023年末に常設展示「老いパーク」を公開しました。同展示は、老化による身体的な変化を擬似体験することで、来館者がそれぞれの老いについて見つめ直すものです。老いについての展示は珍しいですが、一体どのようなものなのでしょうか。日本科学未来館 科学コミュニケーターの小林沙羅氏に話を聞いてみました。
画像提供:日本科学未来館
1.展示を通して「老い」への理解を楽しく深められる
――常設展示「老いパーク」の概要を教えてください。
2023年11月に公開された常設展示で、その名の通り、「老い」をテーマにしていることが特徴です。身体の老化について解説したパネルや、ゲーム型の疑似体験コンテンツによって、誰にでも訪れる「老い」について、楽しく理解を深めていただくことを目的としています。老いは普遍的なものではありますが、老化現象の現れ方や、ありたい老後の姿は一人ひとり異なるものです。展示を通して、自分自身にとっての老いを見つめる機会にしていただければと考えています。
――「老いパーク」の詳しい展示内容についても教えてください。
展示は大きく以下の3つのエリアに分かれていて、順番に老いへの理解を深められるように工夫されています。
- 老いってなんだろう?
- 老いを体験しよう!
- 自分らしい老いって?
最初のエリア「老いってなんだろう?」は、社会における老いに関する解説を通して、自分自身の老いへのイメージを再確認するエリアです。日本には還暦や前期・後期高齢者など、年齢を基準にした文化や制度が数多く存在します。このような解説のパネルを見ながら、老いは何歳から始まると思うかについて、自分なりの考えを深めていただきます。
続く「老いを体験しよう!」は、ゲーム型のコンテンツによって老いへの理解を深めるエリアです。同エリアには、目・耳・運動器・脳の変化を疑似体験できるコンテンツが揃っていて、年代を問わず、楽しみながら老いによる身体の変化を感じられます。
そして「自分らしい老いって?」は、ここまでの体験をふまえつつ、自分らしい老いについて見つめ直すエリアです。人生の先輩方のインタビュー映像を見ながら、「70歳になったときにやりたいこと」「そのために今大切にすること」の2つについて、自分なりに考えていただきます。もちろん、この問いに正解はありません。来館者それぞれが、自分にとって望ましい老いについて考えるきっかけとなることを期待しています。
――ゲーム型の疑似体験コンテンツとは、非常に興味深いですね。具体的には、どのようなコンテンツが用意されているのでしょうか。
先ほども少し紹介した通り、目・耳・運動器・脳の老化を疑似体験できるコンテンツが揃っています。まず目の変化では、白内障の症状の一部を体験できる「3つの〇〇なテレビゲーム」があります。まぶしさ、黄ばみ、ダブりなどの症状を、キャッチゲームやドライブゲームなどを通じて体験できるものです。
続く耳の変化では「サトウの達人」というゲームを用意しています。このゲームでは、病院の待合室で「アトウさん・カトウさん・サトウさん」がランダムに呼ばれ、「サトウさん」と聞こえた時にのみボタンを押すルールです。老化すると高い音が聞こえにくくなることをもとにしたゲームとなっており、老化モードでは3つの名前の区別がなかなかつきません。
そして運動器の変化では、「スーパーへGO!」というゲームがあります。足におもりをつけた状態で買い物カートを押し、スクリーンに表示された商店街や横断歩道を通り抜けながらスーパーへ買い物に行くことで、高齢者の身体状況について理解を深めるものです。
最後の脳の老化では、短期記憶や注意力、処理速度が低下する状態を擬似体験しながら買い物をする「おつかいマスターズ」と、喜びや怒りの表情が高齢者にどのように伝わっているかを疑似的に体験する写真プリント機「笑って怒ってハイチーズ!」の2つがあります。この「笑って怒ってハイチーズ!」では、プンプンと怒った顔があまり怒っていない顔に加工されるなど、脳が老化すると表情を読み取りにくくなるという、高齢者の表情認識のしかたについて理解を深められる展示となっています。体験展示の一部は、オンライン展示体験サイト「MIRAI-Bit」でも体験していただけるため、遠方にお住まいの方もぜひチャレンジしてみてください。
2.人気の展示「スーパーへGO!」とは?
――体験の中で特に人気のある展示を教えてください。
「スーパーへGO!」は特に人気がある展示の一つです。この体験では、足におもりをつけることで高齢者の歩幅の狭さや歩きにくさを感じていただくと同時に、買い物カートの手すりをあえて低くすることで、猫背の姿勢になってもらうように工夫しています。足踏みをするとスクリーンの映像が少しずつ動き、120メートル先にあるスーパーに近づいて行くのですが、横断歩道を渡りきれずに車にクラクションを鳴らされるなど、さまざまなハプニングが発生するんです。日常生活のなかで「なぜあのお年寄りは信号が変わりそうなのにゆっくりしているのだろう」と感じている方もいるかもしれませんが、「もしかして足がうまく動かないのかも」などの気づきがあるような設計を意識しています。また、写真プリント機の「笑って怒ってハイチーズ!」も行列ができていることが多く、多くの来館者から人気を集めていますね。

「スーパーへGO!」では、さまざまなミッションをクリアしながらスーパーを目指す
3.楽しさと正しさの両方を満たせるような展示に
――どの体験もユニークですが、それぞれの体験展示はどのように考えられたのでしょうか。
今回の体験展示を考えるにあたっては、とにかく体験して楽しいものを作ることを目標として取り組みました。「高齢者の身体の状態の体験」と聞くと、杖を持ったりゴーグルをつけたりする、高齢者体験キットを想像する方も多いと思いますが、正直あまり楽しさとは結びつきにくいものだと感じています。なかには、体験によって「老いってやっぱり嫌だな」といった感想を持つ方もいらっしゃるでしょう。しかし、今回の展示では老化によって起こる困りごとを理解してもらいつつ、身体の変化を踏まえたうえで自分自身にとっての望ましい生き方について考えていただきたかったので、ユニークな要素を取り入れることで楽しく学べるように心がけました。その結果完成したのが、現在の6つの体験展示です。
そして、それぞれの体験展示の内容については、身体のどの部分の老化現象を選ぶかチーム内で話し合ったうえで、ひたすらアイディアを出して最適な展示を考えました。その後は、それぞれの案を監修の先生方にご確認いただき、科学的に間違いがないかや、本当に老化現象が再現できているのかなどについて検討を重ねていきます。「科学的には正しいけれど、教科書的で面白くないもの」にならないように、とにかく楽しさと正しさの両方を満たせるような展示を考えました。
4.子どもから高齢者まで幅広い世代が楽しめる
――お客様からの反応はいかがですか。
お子さんから高齢の方まで、幅広い世代の方に展示を楽しんでいただいているようです。来館者のご様子を見ていて、特にリアクションが良いのは展示案内のパークガイドを開いた時の様子です。実は展示場に置いてあるパークガイドは、老眼の疑似体験のために、わざとぼやけた印刷をしてあるんです。それを知らずに開く方も多いため、皆さんメガネを掛け直してみたり、実際に老眼の人は遠ざけて眺めたりと、さまざまなリアクションをされています。
また、展示の入り口近くに設置されている、老いが始まると感じる年齢にマグネットを置くコーナーでの回答の内容も非常に興味深いと感じています。65歳や70歳と回答する方が多い一方で、「生まれた時から身体は変化し続けているのだから、0歳から老いは始まっているはず」と回答する方も意外とたくさんいらっしゃるようです。また、「年齢ではなく、挑戦したいという気持ちがなくなったら老いの始まりだと思う」といった、年齢では判断できないという考えの方もちらほら見受けられ、老いに対する認識の多様さを実感しています。日常生活で老いについて考える機会はあまりない方もいるかもしれませんが、老いパークでの体験を通して、老いをもっと身近に捉えていただけたら嬉しいです。
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介護のみらいラボ編集部コメント
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