「老い」を擬似体験できる常設展示を公開した理由は?日本科学未来館の「老いパーク」に注目!

東京都江東区にある日本科学未来館では、2023年末に常設展示「老いパーク」を公開しました。同展示は、老化による身体的な変化を擬似体験することで、来館者それぞれの老いについて見つめ直すものです。老いについての展示を始めた理由や今後の展望について、日本科学未来館 科学コミュニケーターの小林沙羅氏に話を聞いてみました。
画像提供:日本科学未来館
1.「老い」は高齢化が進む現代の日本が主体的に取り組んでいくべきテーマ
――なぜ「老い」をテーマとした常設展示を公開することになったのでしょうか。理由を教えてください。
当館では2021年に、未来を考える入り口となる、「Life(ライフ)」「Society(ソサエティ)」「Earth(アース)」「Frontier(フロンティア)」の4つの重点領域を定めました。今回の展示は、この内のLife領域のアウトプットとして始まったものです。ライフサイエンス領域のなかでも老いをテーマにした理由には、日本が超高齢社会に突入していることが挙げられます。「老いは高齢化が進む現代の日本が主体的に取り組んでいくべきテーマであり、関連する取り組みも先進的なものが多いため、常設展示のテーマとして取り上げてはどうか」という意見により、老いに関する展示を行うことが決まりました。老いは誰にでも訪れるものであるため、来館者全員が当事者意識を持って体験していただける展示になったのではと考えています。
2.ターゲットの年代を幅広く設定し、展示内容を工夫
――「老い」をテーマにするのは簡単ではなさそうですが、展示の内容を考える際に、意識したことや気をつけたことについて教えてください。
老いの捉え方は人それぞれであることを認識したうえで、幅広い方を対象とした展示にすることです。展示の内容を考える際に、年齢に応じた老いについての意識調査を実施してみたところ、やはり若年層の方はあまり老いについて具体的なイメージを持っていない人も多いという結果になりました。しかし、若年であっても、普段からご自身の祖父母や周囲の高齢者と接する機会が多く、老いについて意識されている方もいれば、ほとんど気にしたことがない方もいらっしゃると思います。そのため、ターゲットの年代を幅広く設定するように心がけました。
具体的には、若年層の方に対しては、ゲーム型の体験コンテンツを用意することで、老いについての想像を膨らませられるような工夫を施しています。そして、自分自身が老いを感じ始めている方や、親御さんなどの介護により老いを実感している方には、身体の変化に関する科学的な情報を提供したり、困りごとにアプローチする治療や制度を紹介したりすることで、より暮らしやすくなる工夫についてご紹介しています。このアプローチについては、若年層のようにこれから老いと向き合う方もいれば、今現在の対処方法について知りたいと感じている方もいらっしゃるため、現在の選択肢から、現時点ではまだ研究中のものまで、さまざまな情報を扱うように心がけています。

「老いパーク」との名の通り、公園のような親しみやすいデザインを取り入れている
――その他、体験展示を考えるにあたり意識されたことはありますか。
映像がリアルに寄りすぎないように工夫することです。例えば、目の変化に関する「3つの〇〇なテレビゲーム」の一つに、白内障になった際のまぶしさを体験できる「まぶしいドライブゲーム」があります。このゲームでは、実際に運転しているようなリアルな映像を画面に映し出し、そこにまぶしさを感じるような加工をすることもできるものの、あえてレトロゲーム風の映像を流すようにしました。その理由は、リアルな映像を使用すると「高齢者になって白内障になると、必ずこのようにまぶしくなるのだ」という思い込みや決めつけに繋がる可能性があるためです。老いが始まるタイミングが人それぞれのように、白内障になった時の見え方にもばらつきが存在するため、「まぶしくなることがある」という症状のみを理解していただけるように工夫しました。また、老いパークの展示全体として、言葉遣いやグラフィックが高齢者を揶揄するような表現にならないようにすることにも、細心の注意を払っています。
3.科学・文化・社会など多様な切り口からの情報を取り入れた
――展示や体験展示の内容を決めるにあたり、特に大変だったことがあればお聞かせください。
老いに関するトピックの調査と選定には、特に時間をかけました。当館は科学技術をテーマとして扱う施設ではありますが、多義的なものである老いをテーマにするには、科学的な側面以外からの内容も取り入れるべきなのではないかと考え、文化的な要素も取り入れました。例えば、老いにおける文化的・社会的な側面としては、還暦などの慣習や、前期高齢者・後期高齢者などの年齢によって定められた制度などが存在します。
これらの年齢によって老いを規定する慣習や制度は海外にも存在しますが、その年齢は国によって異なります。先日も海外の来館者と、母国と日本における高齢者に関する制度の違いや、免許返納のタイミングについての話をしました。老いは誰にでも訪れるものだからこそ、さまざまな側面から捉えられると考えています。多様な切り口からの情報を提供することにより、それぞれにとっての老いについての考えを深めていただければ嬉しいです。

車椅子に乗っている方も通れるように、検討を重ねた展示物の配置になっている
4.年代や世代を問わずさまざまな方におすすめ
――今後どのような方に「老いパーク」をおすすめしたいと考えていますか。
年代や世代を問わず、さまざまな方に来ていただきたいと考えています。最近は、パートナーやお孫さんと一緒に「老いパーク」へ遊びに来る高齢の方も増えているようです。もちろん、お友達など同世代の方と一緒に展示を見るのも楽しいと思いますが、祖父母とお孫さん・年齢の離れた上司と部下など、違う世代や関係の方と一緒に来ていただくのも面白いと考えています。自分とは異なる世代の方と老いに関する展示を見ることで、今後のことや自分なりの老いの捉え方について、お互いの考えを深めるきっかけになるかもしれません。
――今後の「老いパーク」について 展望をお聞かせください。
世界的にも高齢化が進む現在、日々さまざまな研究が行われ、老いに関するテクノロジーやサービスがアップデートされています。そのため、当館でも引き続きリサーチを進めながら「老いパーク」の展示の内容をアップデートしていきたいと考えています。
また、老いパークはできるだけ多くの方がアクセスしやすい展示にすることを目標として設計しており、全ての映像に字幕をつけたり、お子さんや車椅子を利用している方も見やすい高さにパネルを設置したりしています。今後も一人でも多くの来館者に楽しんでいただけるよう、魅力的な展示を追求していく予定です。
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