認知症になっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまちを目指す|福岡市が推進する「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」に注目

福岡県福岡市では、認知症になっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまちを目指す「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を2018年から実施しています。認知症に関するセミナーの開催はもちろん、「認知症の人にもやさしいデザインの手引き」策定や、企業と認知症の人をつなぐ取り組みなどを実施。さらに、認知症コミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード○R」の普及啓発にも注力しています。プロジェクトの概要やユマニチュードの推進を進める理由について、福岡市ユマニチュード推進部長の笠井浩一氏に話を聞いてみました。
1.「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」とは?
ーー福岡市で実施している「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」とは、どのような取り組みなのでしょうか。
認知症フレンドリーシティ・プロジェクトは、認知症の人やそのご家族がいきいきと暮らせる街である「認知症フレンドリーシティ」の実現を目指す取り組みです。2025年現在、福岡市では主に3つの特徴的な施策を推進しています。
1つ目は、認知症コミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード」の普及・啓発です。市民や企業、小中学生を対象に講座やイベントを開催することで、認知症に対する理解と円滑なコミュニケーションの実現を目指しています。
2つ目は、「認知症の人にもやさしいデザイン」の手引き策定と、公共施設や民間施設への導入です。認知症になると、空間認識能力や視覚情報の処理能力が低下しやすくなります。そのため、たとえ馴染みのある場所であっても、トイレの場所がわからなくなるといった困難が生じます。福岡市ではこれを受け、認知症の人にもやさしいデザインのガイドラインを策定しました。現在は、市内の64の公共施設等に同デザインを取り入れています。
3つ目は、「福岡オレンジパートナーズ」と「オレンジ人材バンク」の設立です。オレンジパートナーズとは、認知症の人や家族、企業・団体、介護・福祉事業者、行政が一体となり、認知症に対する理解を深めると共に、具体的なアクションを進めるための集まりのことです。勉強会の実施に加え、企業と認知症の人が意見交換をするなど、幅広い活動を展開しています。また、オレンジ人材バンクは、認知症の人のみが登録できる専門の人材バンクです。現在約123社・団体がプロジェクトに参画し、そのうち30社がバンク登録者と共同で商品やサービスを開発しました。

「認知症の人にもやさしいデザイン」が日本で初めて屋外に取り入れられた福岡市市営地下鉄・橋本駅駅前広場
2.福岡市で推進することになった経緯
ーーなぜ「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を福岡市で推進することになったのですか。経緯を教えてください。
認知症フレンドリーシティ・プロジェクトは、将来を見据えた都市戦略の一環として福岡市が立ち上げた取り組みです。その発端は、厚生労働省が推進する「保健医療2035推進シティ」への参加でした。保健医療2035推進シティとは、医療・介護・福祉の分野を強化し、地域の活力と経済成長につなげることを目的とした国のプロジェクトです。福岡市はこの考えに賛同し、2016年度に「福岡健康先進都市戦略」を策定しました。
そして、この戦略を具体化するために始まったのが、「福岡100」というプロジェクトです。これは、人生100年時代を見据え、市民一人ひとりが自分らしく生きられる社会の実現を目指した包括的な取り組みです。この福岡100では7つの重点目標を掲げており、その中でも特に注目されたのが、「すべての市民がケアに参加するまち ~ 科学的・体系的介護の実践と普及 ~」という目標でした。超高齢社会が進むなかで、認知症への正しい理解や、ケア方法の普及は不可欠です。そこで、「まちに元気がある今のうちに、未来への備えを始めよう」という考えから、2018年にその具体策として、認知症フレンドリーシティ・プロジェクトを開始しました。
3.「ユマニチュード」の普及に注力した理由
ーー認知症ケア技法はいくつか存在しますが、なぜ「ユマニチュード」の普及に注力することになったのでしょうか。
福岡100の目標の一つである「すべての市民がケアに参加するまち」を実現するには、誰でも日常的に実践できるケア技法の導入が必要でした。ユマニチュードとは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を使い、相手に安心感と尊厳を与えるコミュニケーション技法です。他の技法に比べて理解しやすく、学んだその日から実践できるという点が魅力でした。そこで福岡市では、2016〜2017年にかけて、自宅で介護を行う家族や、病院・介護施設の協力のもと実証実験を実施。その結果、認知症の当事者・介護者の双方でストレスの軽減が確認されたほか、認知症の行動・心理症状(BPSD)も大きく緩和されました。こうした成果を受け、2018年から本格導入に至ったのです。2025年現在は、初心者から上級者向けまで、幅広いニーズに合わせた講座や関連イベントを展開しているほか、市内の公民館、小中学校にて、地域、児童・生徒向けの講座も実施しています。

市内の小学校で開催されたユマニチュード講座の様子
4.児童・生徒からの反応
ーー小中学生向けの講座について、児童・生徒からの反応はいかがですか。
子ども達からは、「人に優しく話すことの大切さを知った」「友達にも優しくできるようになった」などの感想が多く寄せられています。なかでも印象的だったのは、ある小学4年生の児童の体験談です。その児童のおじいさんは高齢者施設に入居しており、年に何度か面会にいくものの、声をかけても反応がなく、うまくコミュニケーションを取れなかったそうです。しかし、学校で学んだユマニチュードを実践してみたところ、突然おじいさんが笑顔を見せ、家族や職員さんも大変驚かれたとのことでした。小中学校での講座は、45分〜90分程度の限られた時間で実施されることがほとんどです。そのため、全てを伝えることは難しいものの、学んだことを生活に活かしてもらえることは、何よりうれしい成果だと感じています。
この講座を通して私たちが目指すのは、認知症に対する誤解や偏見の解消です。コミュニケーション方法を学ぶだけでなく、「認知症=何もできない」という誤った考えを払拭する機会にもなればと考えています。こうして少しでもユマニチュードに触れておけば、将来、身近な人が認知症になった時にも、落ち着いて対応できるのではないでしょうか。また、この講座が医療や介護・福祉への関心を高める機会になることも期待しています。
ーー小中学校以外では、どのような講座を実施しているのでしょうか。参加者の傾向も教えてください。
公民館での市民向け講座や、地域の商業施設でのトークショーイベント、さらには企業や救急隊員を対象とした講座も実施しています。特に救急現場では、認知症の高齢者が救急車での搬送時にパニックに陥るケースも多いため、ユマニチュードの活用が効果的なようです。実際に、「ユマニチュードの導入後は、搬送中の高齢者が落ち着いた状態を保ちやすくなり、隊員も心に余裕を持って対応できるようになった」との声が寄せられています。
また、参加者の傾向としては、高齢の認知症の方や若年性認知症の方、そのご家族などが参加者の中心層となっており、働く世代の方が少ないといえます。日常のコミュニケーションにも活かせる技法だからこそ、より多くの方にユマニチュードに興味を持っていただければうれしいです。
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介護のみらいラボ編集部コメント
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