#プロ野球#今日は何の日?#小林繁投手#読売ジャイアンツ#阪神タイガース
【今日は何の日?】4月10日=阪神タイガースに移籍の小林繁投手が巨人戦で初登板&初勝利(1979年) / 雑学ネタ帳

阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)
43年前の1979(昭和54)年。2月に読売ジャイアンツから阪神タイガースへとトレードされた小林繁投手が、この日に甲子園球場で行われた「阪神vs巨人」にて、阪神の選手として初登板。闘志全開の投球で初勝利を飾りました。
小林投手は、巨人入団を希望する江川卓投手をめぐる球界全体のゴタゴタ、いわゆる「江川事件」の"着地点"を作るための犠牲とってしまいました。ドラフトにおける交渉権獲得で、江川投手をいったん阪神へと入団させ、巨人の小林投手とトレードする形で、江川投手の巨人入団がかなえられる形となったのです。
球界ルールの盲点を突くかのような出来事は社会問題まで発展し、小林投手は「悲劇のヒーロー」、プロ入団したばかりの江川投手には悪役のようなイメージがつきまといました。しかし、すべてを話題へと昇華させてしまうのがプロスポーツの鉄則です。以降、巨人戦で小林投手が投げる日、阪神戦で江川投手が投げる日は「遺恨カード」として大いに世間の注目を集めることになったのです。
背番号は巨人時代と同じく「19」。阪神のユニフォームを着てマウンドに立ち、2か月前までの仲間たちを迎え撃った小林投手は、かなり安打を浴び、3失点したものの、ホームランは張本勲選手に浴びた一発のみで抑えます。対する阪神打線はラインバック選手、中村勝広選手がともに左翼ラッキーゾーンにホームランを放って4点獲得。味方打線の援護もあり、8回まで投げ抜いた小林投手は見事に勝利を飾りました。
5回一死満塁の場面で、巨人の長嶋茂雄監督が新外国人選手のリック・クルーガー投手を初投入しましたが、クルーガー投手の背番号が2か月前まで小林投手が着用していた「19」だったことも、因縁カードに、さらに火をつける格好となりました。
小林投手はこの年、巨人戦でなんと8連勝。6月には月間MVPを受賞し、シーズンが終わってみれば、沢村賞、ベストナイン、最優秀投手賞などを総ナメする形となりました。
小林投手は1983(昭和58)年に引退。その後はコーチや解説者、タレントしても活躍。2007(平成19)年には因縁の江川投手と初共演して黄桜のCMに出演したことも大きな話題となりましたが、日本ハムの一軍投手コーチを務めていた2010(平成22)年1月、突然の心筋梗塞による心不全のため急死。まだ57歳の若さでした。
参照:昭和54年4月11日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
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