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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/04/21

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【今日は何の日?】4月21日=亡きブルース・リーをしのぶ追悼行進が行われる(1974年) / 雑学ネタ帳

ブルース・リーの銅像(香港).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

49年前の1974(昭和49)年。映画『燃えよドラゴン』の世界的ヒットと同時に大人気となっていたブルース・リーをしのび、東京・日比谷公園から東京駅まで「追悼行進」が行われました。

香港ではすでに知られた存在となっていたブルース・リーでしたが、米国で73年8月、日本国内でも73年12月に公開された『燃えよドラゴン』の大ヒットによって、その人気は世界的なモノへと膨れ上がっていました。

ところが当のブルース・リーは映画の大ヒットを知らぬまま前年(73年)7月20日に32歳の若さで急死。多くのファンがその存在を知ることとなった時に、憧れの本人はすでにこの世にいないという、世にも珍しいケースだったのです。

追悼行進には映画の宣伝を担当していたプロダクションの主催で行われましたが、予定人数を3倍以上も上回る130人が参加。その8割が中高生の男女で、プラカード代わりにブロマイドや映画の宣伝ポスターをかざしては東京駅まで行進しました。

ブルース・リー本人はこの世になく、来日してのイベント開催や、新作映画なども望むべくもない......というレアケースであるがゆえ、「好き!」のエネルギーの持って行き場がないゆえのイベントだったのかもしれません。

参加した少年少女たちは、ブルース・リーの魅力について異口同音に「カッコイイ!」と口にしていましたが、行進の途中にて「リーの映画上映時間に遅れちゃう」と、東京駅到着までの間に離脱してしまうグループも...。

何かに反対するわけでも、アピールするわけでもない。世にも珍しい追悼行進に、普段は過激派などのデモ行進には慣れている警視庁丸の内署員たちも驚いていたそうです。 
 
 参照 : 昭和49年4月22日付の朝日新聞朝刊

   文 / 高木圭介


 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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