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ニュース 今日は何の日?雑学 2022/07/10

#ぴあ#今日は何の日?#情報誌#昭和47年(1972年)の出来事

【今日は何の日?】7月10日=情報誌『ぴあ』が創刊される(1972年) / 雑学ネタ帳

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 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

ちょうど半世紀前の1972(昭和47)年。主に首都圏で発行され、日本初の情報誌として映画、演劇、音楽等さまざまな分野の情報発信に特化した雑誌『ぴあ』が創刊されました。

創刊当初は毎月25日発売の月刊誌。創刊時の価格は100円でした。人気の有無や大小に関わらず、あらゆる映画や演劇、音楽イベントの情報を均一に掲載することで、読者は無名有名に関わらず、フラットな視点でさまざまな情報を知ることができました。まだ、インターネットが存在しない時代、細かい情報まで網羅されたその誌面が、若者を中心とした文化啓蒙に果たした役割は大きかったと思われます。

長年、ぴあの顔であり続けた及川正通さんによる旬の人物がピックアップされた表紙イラストは75(昭和50)年からの登場となります。

創刊から7年が過ぎた79(昭和54)年から隔週刊となり、バブル絶頂の90(平成2)年には週刊化。この頃には日本全体の景気の良さも後押しし、広告量がかなり増加していたため、誌面もかなり分厚くなっていましたね。競合誌が続々と登場し出したのもこの時期です。

ページ左右の余白に、短文による読者投稿欄『はみだしYOUとPIA』が設置されており、その投稿内容は現在でいうTwitterなどのSNS投稿に近い「つぶやき系」のテイストで同誌の裏名物となっていました。

21世紀に入り、インターネットの普及により、より手軽に情報が入手できる時代になると、情報誌としての意義も薄くなり、2011年7月をもって休刊。現在は情報を閲覧しつつ、即、チケットの予約や購入ができるスマホのアプリとして、往時の雰囲気を残したデザインにて復活しています。

大量の情報が詰め込まれた誌面の紙質は薄く、頁をめくる感触も一味違い、他の雑誌とは違った独特な匂いがしたものです。あてもなく『ぴあ』の頁をペラペラめくりつつ、アナログ的にさまざまな文化情報を探していた時代は遠くなりつつあります。

 文 / 高木圭介

 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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