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【今日は何の日?】11月20日=プロ野球・日米オールスター戦でメジャー勢が村田兆治投手を大絶賛(1979年) / 雑学ネタ帳

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43年前の1979(昭和54)年。この日の午後、後楽園球場にて行われたプロ野球の日米オールスター戦の最終戦にて全日本選抜チーム(古葉竹識監督=広島カープ)が3対2でメジャーリーグのオールスター選手を揃えた全米選抜チーム(トミー・ラソーダ監督=ロサンゼルス・ドジャース)を破り、歴史的勝利を飾りました。
この試合、全米選抜は計7人もの投手が登板するショートリレー策に出れば、全日本選抜は高橋直樹(日本ハム)→ 村田兆治(ロッテ)→ 松沼博久(松沼兄=西武)→ 北別府学(広島)→ 小松辰雄(中日)のリレーで対抗。8回に7人目の投手として登板したモンジー投手(クリーブランド・インディアンス)を相手に島谷金二選手(阪急)が逆転の3ラン本塁打を放ち、全日本選抜を勝利に導きました。
この日米対決でメジャー勢を驚かせたのは、1戦目(11月14日、兵庫・西宮球場)に続いて、この日もメジャー勢をノーヒットに抑えた村田兆治投手のフォークボールでした。計2試合でメジャー勢の延べ14選手をノーヒットで抑えた村田投手の投球術に、メジャー勢は「メジャーリーグでも通用する」と大絶賛。この日も6回に3球3振に打ち取られたメジャーの4番打者、テッド・シモンズ選手(セントルイス・カージナルス)も「彼のフォークはスピードがあるので打ちづらい」と舌を巻きました。
全米選抜を束ねるラソーダ監督も「日本の投手陣は皆、素晴らしかった」と大絶賛。このラソーダ監督が16年後に野茂英雄投手(近鉄)をドジャースに迎え入れ、現在へと続く日本人選手のメジャー挑戦の嚆矢となりました。
11月11日に自宅火災のため、72歳にて亡くなられた村田投手ですが、そのフォークボールの切れ味は、この時代、すでにメジャー勢に恐れられる威力を持っていたことが分かりますね。
参照 : 昭和54年11月21日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
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