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【今日は何の日?】12月2日=陸上のオリンピック選手がプロ野球入り(1968年) / 雑学ネタ帳

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54年前の1968(昭和43)年。陸上競技で1964年東京五輪(100m、200m、100mリレー)、68年メキシコ五輪(100m、100mリレー)に出場している飯島秀雄選手(当時25歳=早稲田大学卒)がプロ野球パ・リーグの東京オリオンズ(翌年からロッテオリオンズに改称=現・千葉ロッテマリーンズ)に入団することが発表されました。
この日の午後、東京・南千住の東京スタジアム会議室で濃人渉監督と並んで入団会見を行った飯島選手の背番号は88。オリオンズではかねてから100mを10秒1で走り、とくに前半の50mのスタートダッシュは「世界一」とまで謳われていた飯島選手の脚力に注目しており、飯島選手がメキシコ五輪から帰国後に永田雅一オーナー自らが熱心にスカウトに動き、ついに獲得に成功しました。
野球以外のスポーツ選手がプロ野球転向するのは、陸上やり投げの加藤康雄選手(中央大学→巨人)、レスリング(フリースタイル)のメルボルン五輪代表選手にしてアジア王者、世界選手権3位の経歴を持つ桂本和夫選手(中央大学→国鉄)以来、3人目となります。
登録上は一応、外野手となっていますが、事実上の代走要員としての獲得。飯島選手は3年間におけるプロ野球生活において、一軍公式戦において、ただの1度も打席や守備につくことはありませんでした。
「世界初の代走専門選手」は興行的にも大きなウリとなり、東京スタジアムに駆けつけたお客さんは前年比の倍にまで達し、盗塁だけでなくプロ野球の肝ともいえる集客に大いに貢献したそうです。
参照 : 昭和43年12月3日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
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