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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/07/23

#カヌー競技#カヤック#人造湖#今日は何の日?#昭和39年(1964年)の出来事#東京オリンピック#東京五輪#水不足#異常渇水#相模湖

【今日は何の日?】7月23日=異常渇水で東京五輪カヌー選手団が災難(1964年)/ 雑学ネタ帳

相模湖・漕艇場.jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

59年前の1964(昭和39)年。10月開幕の東京オリンピックに向けて、カヌーの日本代表チームが本番で会場となる相模湖(神奈川県)で強化合宿をスタートしました。

ところが、この年の首都圏は異常渇水。当の相模湖でも水量が例年の半分にまで減ってしまい、岸から約100メートルにわたって湖底が露出している有様だったのです。

そのためカヤック競技を中心とした選手たちは、艇庫から200メートル以上も人力で湖面まで艇を運ぶハメに...。また水深が極端に浅くなってしまったことで、「水が重く」なってしまい、「ブレードが藻にからまって壊れる」なんて被害も続出。とてもまともな練習どころではなくなってしまいました。

相模湖は戦時中の1944(昭和19)年に完成した人造湖。渇水期のたびに水が枯れる小河内ダムとは違い、真夏でも満々と水をたたえていることで知られていました。水位が10メートル以上も下がったのは58(昭和33)年6月の1回のみでした。

ところが、この年は5月からすでに水が減り続けており、この日の午後1時時点での水位は満水時よりも10.71メートルも低く、水量も3,600万トンと例年の約半分。毎日、約23万トンずつ水量が減り続けていました。

日本カヌー協会では当初「このままの状態が続くとは思えない」と楽観視を決め込んでいましたが、さすがに五輪本番に向けて、主催者側としてコース変更表彰台の位置など、根本的に計画を練り直す必要に迫られていたそうです。

 参照 : 昭和39年7月24日付の読売新聞朝刊

     文 / 高木圭介

 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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