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【今日は何の日?】7月30日=多摩動物公園で仁義なきライオンの政権交代劇(1973年)/ 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
ちょうど半世紀前の1973(昭和48)年。昼過ぎに東京都立多摩動物公園(日野市)のライオン園で、8年間もボスの座に君臨していたライオン・ピーター(オス10才)が敵対するライオンによって殺されている姿が発見されました。
ピーターはそれまで、20数頭ものライオンを従えていた権力者でした。そのボスの座を堅持してきた裏には、人間社会も真っ青な、血で血を洗う政権抗争の歴史があったのです。
そもそも野生のライオンは家族単位で行動し、獲物は仲良く分け合う習性があります。一方で動物園などで飼育されているライオンはエサの心配がないため、メスの獲得のためだけに抗争を繰り広げます。とくに放し飼いの動物園で飼われている力の強いオスは、仲間を作り派閥争いをする傾向にあるそうです。
ピーターがライオン園にある派閥の一方のボスにのし上がったのは65(昭和40)年のことでした。しかし、その直後に長年の怨敵となるジューロー(オス・9才)も、もう一方の派閥のボスにのし上がっていたのでした。
67(昭和42)年に両ボスの対立は激化。共倒れを心配した園の管理職員は、ピーターとジューローを一日交替で放飼場に出すようにしたほどです。
67年8月のバトルでは、ピーターがジューローの後ろ足に噛みついて優勢となり、69(昭和44)年10月には、ジューローが子分のナニワ(オス)の協力でピーターにリベンジを果たすも、70(昭和45)年9月にナニワは殺されてしまい、ジューローはたちまち権力闘争から失脚。以降はピーターの天下が続いていました。
子分と権力を失ったジューローは哀れそのもの。メスには近づけず、行動制限も厳しく、ネコの額ほどの場所から移動もできず、涼しい木陰に行こうとすると、ピーター派のライオンに脅され、すごすごと引き返すといった始末です。
しかし、72(昭和47)年9月ごろから、力をつけ始めていた中間派のオビー、マーチがジューローに加担し始めてからというもの、情勢はまたまた逆転します。
落ち目となったピーターはこの日、檻の前に倒れている姿を職員に発見されました。すでに首の骨が折られ、外されており、死んでいたのです。ジューローの左目下に引っかき傷があったことから、ピーター殺害犯はジューローで間違いないとされています。
直接対決を制し、新たなボスとなったジューローは園内の木陰にて、腹を波打たせつつ、まだ興奮がさめない様子だったそうです。
参照 : 昭和48年7月31日付の読売新聞朝刊
文 / 高木圭介
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