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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/08/22

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【今日は何の日?】8月22日=神の子・マラドーナが初来日(1979年)/ 雑学ネタ帳

サッカー・アルゼンチン代表(イメージ) .jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

44年前の1979(昭和54)年。日本開催の「第2回 ワールドユース サッカー選手権」(8月25日開幕=国際サッカー連盟、日本サッカー協会主催)に向けて、午後3時20分に成田空港着のバリグ・ブラジル航空機にて、アルゼンチン代表チームが来日。代表チームのキャプテンは後に「神の子」と呼ばれるディエゴ・マラドーナ選手(当時18歳)でした。

165cm、69kgの体格はアルゼンチン代表チームの中でも、際立って小柄ですが、肩の筋肉の盛り上がり、「スーパーマン」とまで呼ばれた、頑丈そうな太ももから繰り出されるダッシュ力には、すでに注目が集まっており、この当時は「次代のペレ」「世界のヤングスター」などと呼ばれていました。

話題のマラドーナ初来日とあつて、記者会見が予定されていた高輪プリンスホテルには異例の数の報道陣が殺到。しかし、目玉のマラドーナ選手は「長旅で疲れている」と会見への出席を拒否。今ほどサッカー人気が高くなかった当時、なんとしてもユース世界大会を宣伝したい大会事務局側は粘り強く説得を続けましたが、ガンとして応じなかったそうです。

結局、マラドーナ選手がホテルの部屋から出てきたのは、身分証明用の写真を撮影する時だけ。報道陣は大いに肩透かしを食う格好となりました。

しかし、いざ大会が始まるとマラドーナ選手の活躍は予想以上に凄まじく、6試合中、5試合で計6ゴールを決めてチームの初優勝に貢献。ゴールデンボール賞(MVP)にも選出され、良くも悪くも強烈な印象を残したのでした。

 参照 : 昭和54年8月23日付の読売新聞朝刊

   文 / 高木圭介

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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