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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/08/26

#今日は何の日?#全国高校野球選手権大会#夏の甲子園#昭和33年(1958年)の出来事#沖縄丸#沖縄代表#甲子園の土#米国統治下,植物防疫法#首里高校

【今日は何の日?】8月26日=初の沖縄代表球児が持ち帰った「甲子園の土」が海に捨てられる(1958年)/ 雑学ネタ帳

野球(甲子園・イメージ).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

65年前の1958(昭和33)年。この年、夏の甲子園大会(全国高校野球選手権大会)に、当時は米国の統治下にあった沖縄から初めて首里高校が参加。大会2日目の8月9日に敦賀高校(福井県代表)と対戦し、0対3で敗れ、初戦にて姿を消すこととなりました。 

首里高の選手たちは試合後、それぞれ用意していた袋を携えてはグラウンドへと戻り、甲子園の土を拾い集めます。その光景に感動した甲子園の大観衆も「これが祖国の土なのだ!」と励ましていたそうです。

選手たちはこの日、鹿児島からの定期航路「沖縄丸」にて沖縄本島へと凱旋したのでした。ところが、ここで問題が起きます。

当時の沖縄は法律上、外国です。そこで選手たちがお土産に持ち帰った「甲子園の土」が、植物防疫法に抵触することとなり、無残にも海に捨てられてしまったのでした。

検疫官が荷物の中から一つひとつ甲子園の土の入った袋を取り出し、封を切ってはデッキの上から海へと廃棄。その光景を目の当たりにした球児たちは、声すらもあげられない様子だったとか......。

大会当日、ラジオ中継にて球児たちが甲子園の土を集めていたことを知っていた検疫所では、その処置に関して何度も会議を重ねていました。この処置に至ったことに対し「若い人々の感激を大事にしてあげるために、なんとか方法を考えてみた。ところが法はどうにもならなかった...」と声を落としていたそうです。

この事件は大きなニュースとなり、まさに賛否両論を巻き起こしました。後日、ニュースを耳にした日本航空のスチュワーデスさん(現・キャビンアテンダント=CA)が、植物防疫法に触れない「甲子園の小石」を拾い集め、首里高へと送付。その小石は現在、同高敷地内にある「友愛の碑」に埋め込まれています。

 参照 : 昭和33年8月31日付の朝日新聞夕刊

     文 / 高木圭介

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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