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【今日は何の日?】10月2日=東京・荒川を運航中のハシケが船堀橋を破壊(1966年)/ 雑学ネタ帳

《画像はイメージです》
57年前の1966(昭和41)年。午前11時半ごろ、東京・荒川(放水路)を運航中の第二熊丸(4.92トン)に引かれていたハシケ(220トン)が、江戸川区小松川1丁目と江東区東大島を結ぶ船堀橋中央部の橋脚に衝突。その衝撃によって橋げたが約14mにわたりズレたうえにハシケの上に落下。船堀橋は全面通行止めとなりました。
この船堀橋は現在の船堀橋より約400m下流、都営新宿線の橋の少し下流(写真は江東区側から見た現在の風景)にかけられており、江戸川区の船堀商店街(陣屋橋通り)からそのまま渡れる位置にある幅4~6m、長さ560mの木橋でした。1922(大正11)年に造られ、当時で都内最長の木橋にして、荒川にかかる最後の木橋でもありました。
もともとが自動車の通行を想定していない木橋だったため、昭和30年代からは重量制限(2.0トン)が課されており、さらに午前は西行き(船堀から東大島方面)、午後は東行き(東大島から船堀方面)と、時間帯によって一方通行の制限が取られていました。64(昭和39)年には原因不明の火事により、中央部が焼けてしまい古材で応急処置的に補強されたものの、橋全体の老朽化が心配されていた矢先の衝突&破損事故でした。
警視庁小松川署の調べによると、船は橋の下を通過する際にスピードを半減したものの、引き潮と追い風によってスピードが下がらず、船長(34)が舵を取り損なったことが原因とみられています。
船堀橋の交通量は平日で7,000台程度と多いうえ、歩行者も朝夕で付近の工場へと通勤する人が約200人も利用しており、通行止めは利用者にとって大きな痛手。車両に関しては船堀橋から約1.5km上流の小松川橋か、約3km下流の新葛西橋(現・葛西橋)を通行するよう呼びかけられました。
橋を管理する東京都第五建設事務所でも「早急に補修を検討するが、当分は開通の見込みはない」と断言。結局、同じ場所に橋が架け替えられることはなく、400m上流にコンクリート製の新船堀橋(現・船堀橋)が開通したのは5年後の71(昭和46)年7月のことでした。
参照 : 昭和41年10月3日付の毎日新聞朝刊
文 / 高木圭介
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