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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/10/09

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【今日は何の日?】10月9日=ニッポン放送が国内初の終夜ラジオ放送スタート(1959年)/ 雑学ネタ帳

10月09日(ニッポン放送).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

64年前の1959(昭和34)年。ニッポン放送(当時の周波数は1310Kc)が、この日の深夜(正確には10月10日の早朝)から、月曜早朝をのぞき連日、オールナイト放送(終夜放送)を実施しました。駐留軍向けのFENは別として、国内ラジオ局では初の試みです。月曜早朝のみ放送休止とするのは放送機材の補修のためです。

それまでニッポン放送は深夜1時45分から早朝5時まで放送を休止していましたが、終夜放送に踏み切ったのは米国内のラジオ放送にヒントを得たもの。この頃、ますます増えつつあった深夜労働者や受験生を聴取対象としたものだったそうです。

深夜に放送される番組はクラシック音楽セミ・クラシック軽音楽などを中心にレコード演奏するものばかり。これは深夜ということもあり、受験生のことなども考慮して落ち着いた雰囲気を出すための処置でした。

主に「ニッポン25時50分」「深夜のコンサート」「ミュージック・コンステレーション」などの音楽番組のほか、午前1時45分と4時55分には海上航行船舶のための「水路・航路告示」、午前3時30分からは「海外ニュース」、早朝4時50分からは「鮮魚市況」という極めて実務的な5分番組が放送されていました。

今やラジオが24時間放送されているのは当たり前のことですが、64年前のニッポン放送の決断によって大きな一歩を踏み出したといえるでしょう。

 参照 : 昭和34年9月21日付の朝日新聞朝刊
    昭和34年10月9日付の読売新聞広告

  文 / 高木圭介

 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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