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ニュース 今日は何の日?雑学 2023/10/30

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【今日は何の日?】10月30日=江夏と田淵の黄金バッテリーが6年ぶりに実現(1981年)/ 雑学ネタ帳

10月30日(田淵と江夏).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

42年前の1981(昭和56)年。埼玉・西武球場(現・西武ドーム)にて、プロ野球パ・リーグ初の試みとして「第1回東西対抗戦」が行われました。

福岡県を本拠地としていたクラウンライターライオンズが79(昭和54)年シーズンより、埼玉県を本拠地とする西武ライオンズとなり、パ・リーグ各球団の陣容が、東西でちょうど3球団ずつ(東=日本ハムファイターズ、ロッテオリオンズ、西武ライオンズ、西=阪急ブレーブス、近鉄バファローズ、南海ホークス)均等に分けられたことで実現した東西対抗戦でした。

試合は2回に東軍の5番打者・田淵幸一選手(西武)の安打を号砲に4点。5回にも田淵選手がソロ本塁打を放ち5点目を獲得。5対3で東軍が快勝し、田淵選手がMVPを受賞しています。

こうした試合では、勝利こそが最優先される公式戦とはまた違う、ショーアップされた采配などでファンを楽しませます。この試合では、昭和40年代の阪神タイガースで黄金バッテリーを組んでいた江夏豊投手(日本ハム)と田淵捕手のバッテリーが約6年ぶりに復活し、ファンを驚かせました。

これは試合前、談笑していた江夏投手と田淵捕手の会話を耳にしていた東軍の"親分"こと大沢啓二監督(当時・日本ハム)による粋な計らいでした。9回2アウトの場面で、あえて江夏投手を投入し、ここに江夏-田淵のバッテリーがファンの前で復活。打席には南海の人気者"ドカベン"こと香川伸行選手が立っていたことも後押しし、2万5,000人のファンは大熱狂です。

6年前の阪神→南海の移籍以来、久々に田淵捕手が構えるミットめがけて投球することになった江夏投手は「お客さんがせっかく来てくれたんだから、こんなことは生涯一度」と、打ち合わせ通りにノーサインで投げ込み、1アウト2ボールからの4球目で香川選手をセカンドフライに打ち取ったのでした。

6年ぶりに江夏投手の球を受けた田淵捕手は「こういう時だから出来るんだが、江夏さんの球は衰えていないね」とホッとした笑顔。親分采配によって実現した黄金バッテリーの復活は、熱心なファンへの何よりのサービスとなったのでした。
 
 参照 : 昭和56年10月31日付の読売新聞朝刊

     文 / 高木圭介

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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