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ニュース 今日は何の日?雑学 2024/02/01

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【今日は何の日?】2月1日="代用ヒロポン"を注射した少年が暴れて捕まる・府中(1955年)/ 雑学ネタ帳

02月01日(代用ヒロポン).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

69年前の1955(昭和30)年。夜、東京・府中市内の東光マーケット内で突如、暴れ出した18歳少年が捕まりました。少年は東府中の米軍フィンカム基地(米軍立川基地)の建設工事現場で働く作業員でした。

少年は注射器1本を隠し持っており、当時、闇ルートで出回っていたヒロポン(メタンフェタミン=覚せい剤の一種)かと思いきや、中身はなんと玉ねぎ液と焼酎を混ぜ合わせたモノでした。

ヒロポンは49(昭和24)年に一般人による製造が禁止。51(昭和26)年に覚せい剤取締法が制定されて以降は検挙者も減りつつありました。しかし、闇から闇へと粗製乱造されたヒロポンが出回っており、警察を悩ませていたのです。

少年が働いていた工事現場には、全国各地から集まった約300人の作業員が住み込みで働いており、警察の見立てによると、ポン患者(※ヒロポン中毒患者のこと=現在でいう覚せい剤中毒者)が20~30名はいると見られており、そんな同僚たちがヒロポンを打つ姿を見ていた少年が、マネをしてみたものと見られています。

取り締まり強化に従い、この時期はヒロポン密造も下火となっており、その入手も困難になっていました。18歳少年はヒロポンの代用品として、おそらく口コミで耳にした「玉ねぎ液+焼酎」の代用ヒロポンを作り、それを体内へと注射していたのです。これを打つと体中が一時的に熱くなり、目まいがするほど強烈な刺激に見舞われるのだとか...。

代用品として拡散しかねない代用ヒロポンにいて、東京都衛生局では「皮下注射だろうと思う。玉ねぎは揮発性だし、それとアルコール分を注射するのだから強い刺激があるのは当然だ。アルコール中毒や生命の危険もある」と注意を呼びかけました。

 参照 : 昭和30年2月8日付の毎日新聞夕刊

          文 / 高木圭介

 

 

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高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

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