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【今日は何の日?】3月31日=流行歌手・笠置シヅ子宅に愛児殺害の脅迫電話(1954年)/ 雑学ネタ帳
《画像はイメージです》
ちょうど70年前の1954(昭和29)年。東京・世田谷区弦巻町(現・弦巻)の流行歌手・笠置シヅ子さん(かさぎ・しづこ=当時39歳)宅に、「オレ達の結社で金が要るから、天神橋下に六万円おけ。さもないと一人娘(当時7歳)を殺すぞ」という脅迫状が舞い込み、その後も電話も含めて計9回、同様の脅しがありました。
つい先日、最終回を迎えた笠置さんの半生をモチーフにしたNHK朝ドラ『ブギウギ』でも、この事件をもとにしたエピソードが放送されていましたが、この事件が珍しいのは、「誘拐 ⇒ 脅迫」という手順を踏んだものではなく、単なる殺害予告の脅迫だったという点です。
笠置さんは警視庁世田谷署の協力を求め、愛娘をガードするだけでなく、4月8日朝、犯人からの電話をテープレコーダーに録音。指定された通りに「(東急)自由ヶ丘駅(現・自由が丘駅)表出口、公衆電話横で金を渡す」と約束しました。
笠置さん宅の事務職員男性が、言われるがままに、左手にハンカチを巻いて立っていると、午後3時30分ごろに1人の男が近づき、新聞紙包み(※中身は空っぽ)を受け取ったのでした。
その瞬間、駅前の街頭テレビで放送されていたプロ野球中継(毎日オリオンズ vs 南海ホークス=日本テレビ)を見ているフリをしていた刑事4人が一斉に飛び出して脅迫犯を逮捕。男は品川区二葉町(現・二葉)に住む無職の30歳でした。犯行の動機については「6月に結婚することになっていたのに失業。金に困って思いついた」と自供したそうです。
犯人逮捕の報に笠置さんは「母親の一番の弱味をついてこられたので、家に閉じこもったまま、脅えていました」と語っています。
現在ではなかなか考えられないことですが、自由ヶ丘駅前に現れた犯人を追っていたのは警察だけでなく、すでに新聞社のカメラマンも張り込んでいました。笠置さん宅の事務職員が犯人に新聞紙包みを受け渡す、その瞬間もしっかり撮影されており、映画さながらの受け渡しシーンが翌日の新聞紙上を飾っています。これも人質をとったうえでの誘拐事件ではなく、単なる脅迫事件だったからと言えるでしょう。
参照 : 昭和29年4月9日付の朝日新聞朝刊
文 / 高木圭介
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介護のみらいラボ編集部コメント
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