Produce by マイナビ介護職 マイナビ介護職

介護の未来ラボ -根を張って未来へ伸びる-

ニュース 今日は何の日?雑学 2024/04/01

#あまちゃん#三陸沿岸#三陸縦貫鉄道#三陸鉄道#久慈#今日は何の日?#北リアス線#南リアス線#国鉄山田線#宮古#岩手県#昭和59年#盛#盛岡市#第三セクター#釜石

【今日は何の日?】4月1日=悲願89年!三陸鉄道が発進(1984年)/ 雑学ネタ帳

04月01日(三陸鉄道).jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

ちょうど40年前の1984(昭和59)年。東北の景勝、岩手県の三陸沿岸を南北に結ぶ三陸鉄道(本社・盛岡市)が早朝5時56分、久慈駅を発車した一番列車とともにスタートしました。

この三陸鉄道は北リアス線(久慈~宮古間の71km)と南リアス線(釜石~盛間の36.6km)の総延長107.6kmで、この間の宮古~釜石間(55.4km)を国鉄の山田線を挟みつつ直結するものでした。

三陸沿岸を鉄道で結ぶ計画は古く、1896(明治29)年にまとめられた「三陸縦貫鉄道」の敷設構想が始まり。この鉄道の開通は沿線住民にとっても明治・大正・昭和と3つの時代をまたぐ89年にもわたる悲願だったのです。

72(昭和47)年から75年にかけて、国鉄の久慈宮古の3線が細切れ状態で開通しましたが、国鉄再建論議の中で未開通部分を残したまま工事は中断。81(昭和56)年6月には3線ともに赤字路線として、第一次廃止対象となっていたのでした。

そのため岩手県と沿線の市町村が中心となり、全国トップを切って第三セクター方式による運営を決定。81(昭和56)年11月には出資金3億円で三陸鉄道会社を設立。社長には中村直・岩手県知事が就任しています。83(昭和58)年末には鉄道公団が未開通部分を完成させ、ようやくこの日、悲願の開通に至ったのでした。

 参照 : 昭和59年4月2日付の毎日新聞朝刊

         文 / 高木圭介

 

【日本全国電話・メール・WEB相談OK】介護職の無料転職サポートに申し込む

最新コラムなどをいち早くお届け!
公式LINEを友だちに追加する

お役立ち情報を配信中!
X(旧Twitter)公式アカウントをフォローする

介護職向けニュースを日々配信中!
公式Facebookをチェックする

SNSシェア

高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

高木圭介の執筆・監修記事