Produce by マイナビ介護職 マイナビ介護職

介護の未来ラボ -根を張って未来へ伸びる-

ニュース 今日は何の日?雑学 2024/04/06

#200m背泳#ダンプカー#人命救助#今日は何の日?#傷痍軍人#元軍人#宅地開発#戦傷#明治神宮体育大会#昭和39年(1964年)の出来事#東京都#水たまり#水難事故#花畑団地#警視庁綾瀬署#足立区

【今日は何の日?】4月6日=戦争で右腕失った元軍人が溺れた児童を救う・足立区(1964年)/ 雑学ネタ帳

20240406_00.jpg

 《画像はイメージです》

介護のみらいラボ編集部コメント

高齢者や同僚との話題が浮かばないときにすぐ使える、ウケる、会話が自然と広がる、雑学ネタや豆知識が盛りだくさん!コミュニケーションの活性化にお役立てください。

ちょうど60年前の1964(昭和39)年。夕方4時ごろ、東京・足立区の花畑団地わきにあった幅50m長さ100mもの大きな水たまりでパネル2枚を重ねたイカダで遊んでいた小学4年生男児(9歳)が、パネルごと水に沈み溺れてしまう事故が起きました。

水たまりといっても、田んぼのあとに自然と水がたまってできたもので、深さは約1.4mほど。宅地開発が盛んだった当時は、都心でもそこかしこに、こういった危険を伴う池や溜池が数多くあり、水難事故も珍しくはありませんでした。この場所には団地の建設工事に使うパネルがたくさん積み重ねてあり、近所に住む子どもたちの格好の遊び道具遊び場となっていたのでした。事故当時も付近では30人近くの子どもが水たまりで遊んでいたそうです。

騒ぎを聞いて、ちようど近くに停車中だった残土運搬業の男性(38歳)と、ダンプカーで通りかかった男性(28歳)が、すぐに水たまりへと飛び込み、男児を救い上げ、救急車を待つまでもなく、ただちに自前のダンプで近くの病院へと運び込み、手当てを受けさせたうえで男児を自宅へと帰したそうです。

勇敢にも真っ先に水たまりへと飛び込んだ38歳男性は、なんと右腕がありませんでした。男性は45(昭和20)年8月、中国戦線で従軍中、不幸にも右腕を失ってしまったのです。しかも、いったんは戦死したと記録され、戸籍からも抹消されてしまうという珍しい経歴の持ち主でした。

しかし男性は小学6年の時に第9回明治神宮体育大会にて200m背泳で決勝まで進出するという水泳の腕前の持ち主。右腕を失っていたこの当時も、水泳にはかなり自信があったそうです。

一方、ダンプ運転手男性も少年時代から水泳を得意としており、「溺れた者を救うのは当然です」と謙遜。警視庁綾瀬署では近く、そんな勇敢な2人に警視総監賞を上申することにしました。

助けられた男児の父親(37歳)は「田んぼのあとに出来た水たまりだから、深いところがあるとは気づかず、あまり注意してなかつた。2人になんとお礼を申し上げて良いやら...」と、不幸中の幸いに安堵の表情だったそうです。 
 
 参照 : 昭和39年4月7日付の毎日新聞朝刊

    文 / 高木圭介


 

 

スピード転職情報収集だけでもOK

マイナビ介護職は、あなたの転職をしっかりサポート!介護職専任のキャリアアドバイザーがカウンセリングを行います。

はじめての転職で何から進めるべきかわからない、求人だけ見てみたい、そもそも転職活動をするか迷っている場合でも、キャリアアドバイザーがアドバイスいたします。

完全無料:アドバイザーに相談する

最新コラムなどをいち早くお届け!
公式LINEを友だちに追加する

お役立ち情報を配信中!
X(旧Twitter)公式アカウントをフォローする

介護職向けニュースを日々配信中!
公式Facebookをチェックする

SNSシェア

高木圭介(Keisuke Takagi)

フリーライター

1969年、神奈川県川崎市出身。学生時代はレスリング選手として活躍。93年に東京スポーツ新聞社に入社しプロレスや格闘技を中心に取材。社会、レジャー担当記者、デスクを経て2014年9月に退社。現在はフリーライター兼コラムニストとして活動中。主な著書は『ラテ欄で見る昭和』(マイウェイ出版)、『新日本プロレス50年物語 第2巻 平成繁栄期編』(ベースボール・マガジン社)など。

高木圭介の執筆・監修記事