その表情、誤解を与えていませんか?|人間関係をガラリと変えるコミュニケーション技術(5)
文/大谷佳子そんなことは一言も言っていないのに、周囲から「怒っている?」などと誤解されてしまう人がいます。その原因として考えられるのは、顔の表情や目つきなどに見られる無意識の癖です。自分でも気づいていない癖が、周囲に意図しないメッセージを伝えているのかもしれません。
介護職の表情は、思っている以上に利用者さんから見られています。顔の表情1つで、利用者さんに安心感を与えることもあれば、逆に不信感を与えてしまうこともあるのです。
今回は、介護の現場で心がけたい顔の表情についてです。
1.意外と気づいていない表情の癖
私たちは、自分の表情に見られる癖に意外と気づいていません。
なぜなら、鏡に映った自分の顔を見るときは意識的に表情をつくってしまい、無意識にあらわれる癖を知ることが難しいからです。
自分の表情に、周囲に誤解を与えやすい癖がないかを振り返ってみましょう。
両眉を中央に寄せる癖
両眉を中央に寄せると、眉間に縦しわができて、目つきが悪くなります。まるで怒っているような表情に見えるため、この癖があると周囲に緊張感を与えがちです。
考え込んでいるときに、知らず知らずのうちに、両眉を中央に寄せた表情になっていませんか?
あるいは、スマートフォンを見ているときや、パソコンを長時間使用したり、細かい文字の資料をたくさん読んだりして目が疲れたときに、つい眉間にしわを寄せていませんか?
このような経験を日常的に繰り返すうちに、いつの間にか両眉を中央に寄せることが癖になっている人も多いのです。
介護職が眉間にしわを寄せた表情になっていると、利用者さんは近寄りがたい雰囲気を感じて、声をかけることを躊躇してしまうかもしれません。
口角が下がっている癖
自分の口元に意識が向いていないときは、口角(唇の両端)が下がり、口元が"へ"の字の形になりがちです。不機嫌そうな表情、あるいは退屈そうな表情に見えるため、そのつもりはなくても、その場の雰囲気を重たくしてしまうかもしれません。
利用者さんの話を聴いているとき、自分の口元に意識を向けていますか?
誰かと話をしているときは、口を大きく開けたり、唇をすぼめたりするので、自然と口元に動きが生まれます。ところが、黙っているときは口元に動きがなくなるため、意識を向けない限り、どうしても口角が下って"へ"の字の形になってしまうのです。
介護職の口元が"へ"の字の形になっていると、利用者さんは「なんだか機嫌が悪そう」「私の話がつまらないのかな」などと誤解してしまうかもしれません。
困ると笑い顔になる癖
笑顔は本来、うれしいときや楽しいときに見られる表情ですが、そのような感情を抱かなくても笑い顔になるときもあります。
例えば、相手との関係を維持するための"社交的な笑い"や"作り笑い"、恥ずかしい感情から起こる"照れ隠しの笑い"など、何らかの意図を実現するために笑うときです。
困ったときの笑い顔も、自分の心を守る手段としての"自衛的な笑い"と考えられています。
自衛的な笑いは、困ったときだけでなく、落胆してがっかりしたとき、あきらめの気持ちを抱いたときにも起こりがちです。
どうしたらよいのか困惑したときに、つい笑い顔になっていませんか?
単なる癖であっても、周囲には真剣さに欠ける表情に見えてしまうこともあります。「この場面でなぜ笑っているのだろう」と混乱する人や、「不謹慎だ」と怒ってしまう人もいるかもしれません。
手段としての笑いは、周囲に誤解を与えてしまう可能性があることを知っておきましょう。
2.表情でコミュニケーション力を高める
表情は、重要なコミュニケーション手段です。
介護の現場で"表情の力"をもっと活用するために、以下の3つを心がけましょう。
見られていることを意識する
介護職の表情は、絶えず利用者さんから見られています。
「会話中の私は、利用者さんにどのように見えているのだろう」「私の表情が、周囲にどのような印象を与えているのだろう」などと、利用者さんや周囲の目に映る自分の表情に意識を向けてみましょう。
3つの笑顔を使い分ける
介護職の優しい笑顔は、利用者さんに何より大きな安心感を与えます。
いつもニコニコしていなくても、場面に応じて①~③の笑顔を心がけましょう。
マスクを着用しているときも顔全体で表情をつくると、目元が優しい印象になります。
3つの笑顔
1:基本の表情 口角を上げるだけの笑顔
2:話での表情 前歯を見え隠れさせる笑顔
3:挨拶するときの表情 前歯を見せる笑顔
1:基本の表情
自然な表情を心がけるためには、まず口元を意識してみましょう。
無理に笑顔をつくらなくても、口角を少し上げるだけで表情が柔らかくなり、話しかけやすい雰囲気が生まれます。
2:会話での表情
会話での表情は、前歯が見え隠れする程度に口を開いた笑顔がよいでしょう。上唇が前歯に覆い被さったままでは、表情だけでなく、話し方にもメリハリが出せません。声がこもってしまい、言葉も不明瞭になるので注意しましょう。
3:挨拶するときの表情
明るく挨拶をするときは、さらに上唇を挙げて、前歯を見せるぐらいの笑顔がよいでしょう。
自然な笑顔になるように、仕事を開始するときや、利用者さんとの会話の前に深呼吸をしてから口角を上げてみましょう。深呼吸のリラックス効果によって気持ちにゆとりが生まれて、それが表情にもあらわれます。
笑顔がNGな場面を知っておく
通常、笑顔は温かさや優しさを伝える表情ですが、笑顔を控えるほうがよい場面もあります。
笑顔を控えるほうがよい場面
場面1:相手が怒っているとき
場面2:相手が悲しんでいるとき
場面1:相手が怒っているとき
怒りや苛立ちの感情を抱いている利用者さんには、笑顔を向けることは控えましょう。その場の雰囲気を和ませようとして、笑顔で対応しようとすると逆効果になる場合もあります。
「そんなに怒らないでください」などと微笑みながら声をかけても、利用者さんはその笑顔を真剣さや誠実さに欠けた表情と受け取るかもしれません。特に、"困ると笑い顔になる癖"のある人は注意が必要です。
場面2:相手が悲しんでいるとき
深い悲しみや苦しみの感情を抱いている利用さんにも、笑顔は控えて、その悲しみを共に感じようとする表情で接します。悲しみを和らげたいという介護職の気持ちから向けた笑顔であっても、「他人事だから笑っていられる」などの不信感や、「悲しんでいる私のことを鼻で笑った」などの誤解を与えてしまうこともあります。
3.笑顔のもう1つの可能性
「単なる笑顔であっても、想像できないほどの可能性がある」
これは、1979年にノーベル平和賞を受賞した人道援助の活動家マザー・テレサの言葉です。
心理学の領域でも、笑顔の可能性に関する研究が多く行われています。それらの研究によると、笑顔には周囲を幸せな気分にさせる効果や、他人に対する印象を良くする効果のほか、笑顔になった人自身にポジティブな感情をもたらす効果があることが報告されています。
私たちは、楽しいときや、うれしいときに笑顔になります。ポジティブな感情を抱くから笑顔になると思いがちですが、実は、笑顔になるからポジティブな感情が生まれる、ということもあるのです。まさに「笑う門には福来る」ということわざのとおりなのかもしれませんね。
介護職が笑顔でいることで、介護の現場に明るい雰囲気が生まれます。周囲を、そして自分自身をポジティブな気持ちにする笑顔は、大切なコミュニケーション手段であると同時に、人間関係を円滑にする手段ともいえるでしょう。
まとめ