高齢者にメイク!綺麗になるだけじゃない驚きのメイクセラピー効果とは?|みんな知らない高齢者の世界
取材・文/タケウチ ノゾミ(イージーゴー)メイクセラピーを知っていますか。メイクセラピーとは、心理学の手法を取り入れたメイクアップ技法のことです。単に外見が美しくなるだけでなく、心理面においてもさまざまなメリットがあるとされています。主に高齢者に向けてメイクセラピーを実施している大平智祉緒氏に、メイクセラピーの効果や手順について聞いてみました。
1.メイクセラピーとは?
――そもそも、メイクセラピーとはどのようなものなのでしょうか。
メイクセラピーはまだ混沌としている分野で、色々な定義があり、方法論は確立されていません。別名「化粧療法」とも呼ばれています。ただその中で私が学んだものは、心理学の手法を用いたメイクアップ技法です。単に外見が綺麗になるだけではなく、カウンセリングをしながら心理的なサポートまで行うものとなっています。
ここで言うカウンセリングとは、「メイクによってなりたい自分を明確にさせる」ことを意味しています。ご本人がどんな自分でありたいのか、その先にどのような叶えたい未来があるのかといったお話をお聞きしながら、なりたいイメージを共有し、オーダーに合わせたメイクを行います。年齢に関係なく、若い世代からご高齢の方まで受けていただけるセラピーです。私自身のサービスとしては、現在はメイクセラピーではなく「Rings Care(リングスケア)」という名称で提供しており、メイクセラピーの手法と看護技術の基本を融合させた完全パーソナル美整容ケアサービスを行っています。
2.メイクセラピーの嬉しい効果
――高齢者がメイクセラピー(リングスケア)を受ける効果を教えてください。
一番大きなメリットは、自分自身への関心が向上することや、積極性が向上することです。鏡を見ながらケアを受けると、身だしなみが整う様子が目に見えて分かるため、気分も変わり、結果として生活リズムも整います。また「セラピストが自分のことを見て、触れて綺麗にする」という一連のケアを受けると、自尊心が高まる様に感じています。いつも「申し訳ない」と言っていた方が、ケアを受けたことで、ポジティブな発言や周りへの感謝の言葉が増え、情動が安定したことがありました。メイクセラピーによる心理面への影響は非常に大きいと感じています。
さらに今まで行っていなかった日常の動作ができるようになることも、メリットの1つです。高齢者のなかには、本当は自分で身だしなみを整えられるのに、何もしていない方もたくさんいらっしゃいます。セラピーの際にご自身で一部の作業を行っていただくと、口紅をとても上手にひけたり、丁寧に顔を洗うことができたりと、普段の生活からは想像できないような動作が見られることもあります。そのためセラピーは、身だしなみを自分で整えるようになる良いきっかけでもあると感じていますね。
メイクセラピー(リングスケア)を行う際は1つ1つ丁寧に手順を踏んでいく
3.メイクセラピーの手順と
――メイクセラピー(リングスケア)を実施する際の手順を教えてください。
手順はいつも同じではなく、ケアを受ける方の身体の状態や目的に合わせて変化させています。ただ基本的な枠組みとしては、「①対話 ②肌に触れる ③整える ④彩る」の4つのステップに沿って行っています。それぞれについて詳しく説明します。
①まず対話によってご本人が抱えている悩みや、これまでの人生で大切にしてきたことなどを聞き、ケアを受ける方への理解を深めます。
②リラックスできるよう、軽いタッチングをしながら関係性を築きます。心地よさを感じてもらいながら、親密性を深めていきます。
③身だしなみや身の回りの環境を整え、生活のなかで自分のできることが増えるようサポートします。
④口紅などのメイクやマニキュア、着替えなどでより「ありたい姿」へ近づけます。
そして最後には、「つなぐ」という作業が加わります。この「つなぐ」というステップには、介護現場で働くスタッフさんやケアマネジャーさん、ご家族の方々、ご本人を繋ぐという意味が込められています。現在は介護施設を訪れてケアを行うことが多いのですが、ケアマネジャーさんとは毎回の報告や定期的なミーティングをしているほか、現場のスタッフさんに対しては、気になったことがあればその場ですぐにお伝えする様にしています。また最近はリアルタイムでご家族にも報告ができるよう、LINEを使って動画や写真を送る取り組みも行っています。
メイクセラピー(リングスケア)を受けて笑顔を見せる女性
4.メイクセラピーに興味を持ったきっかけ
――大平さんがメイクセラピーを行うことになったきっかけは何だったのでしょうか。
メイクセラピーに興味を持ったきっかけは、私が新人看護師時代に、とある看護学生が立ててきた看護計画にあります。今から17年ほど前、看護学生が「認知症の患者さんにマニキュアをつける」という看護計画を立ててきました。それまでメイクセラピーという言葉は聞いたことがなかったので、「エビデンスはあるのかな」「そんなことをして本当に大丈夫かな」という半信半疑な気持ちでその様子を見ていたのです。
しかしその学生が実際に認知症の女性患者さんにマニキュアをつけてあげると、その方は学生が帰った後もずっと自分の指を眺めていました。思わず「綺麗になりましたね」と声をかけると、「見て!」と、マニキュアが塗られた指を私に見せてきたのです。その方はいつも元気がなく、目にも力がありませんでしたが、マニキュアを塗った後は今まで見たこともなかったようなキラキラとした表情をされていました。そして喜ぶ患者さんの姿を見た際に、その方の背景が見えたような気がしたのです。「その人のできないところばかりを補うだけでなく、健康な部分に光を当て、本来持つ生きる力を引き出すことがケアの力なのでは」と思い、そこからメイクセラピーに興味を持ち始めました。
もう1つ、未だに忘れられない出来事があります。ある病院にとても静かな患者さんがいました。口数が少なく、髪の毛も白髪交じりでメガネを掛けており、あまり派手ではない印象の方でした。その方はかなり闘病生活が長く、そのまま病院で亡くなったのです。身寄りもない方だったので、その方自身がどのような方だったのかについては、私もあまり知りませんでした。ある日、その患者さんのご友人が亡くなった後のお顔を見に来られたのですが、「とても綺麗にしていた人だったから、口元に生えている産毛を剃ってあげてほしい」と言われました。それを聞いて、ハッとしたのです。ただ治療を受けるだけの日々で、患者として人生を終わらせてしまったことに、凄く申し訳ないことをしたと後悔しました。
そして、最後まで患者さん自身を支えることが看護師の使命ではないかと感じ、その方の尊厳を保ち、その人らしくお見送りするケアを行いたいと思ったのです。この出来事をきっかけに「整容や化粧をもっと看護技術に入れるべきではないか」「亡くなった後の死後化粧以外でも化粧をケアとして行っても良いのではないか」と考えるようになりました。今まで高齢者の多い病院で看護師をしていたので、現在私がケアを行うのは高齢者が主となっていますが、看護の中での化粧ケアの対象者は高齢者に限定されません。そのため、他の分野で活躍している看護師仲間と研究会を設立し、エビデンスの構築をしていきたいと考えています。
5.実施時の注意ポイント
――メイクセラピー(リングスケア)を実施される際に気をつけていることはありますか。
相手のペースを乱さないことや、相手の世界観を大切にすることです。認知症の方など言葉のコミュニケーションが難しい場合でも、ちゃんと目を見て笑い合って、頷くといった時間をとても大切にしています。その人の世界観のなかに一緒に入っていくようなイメージですね。またケアを行う際には、必ずケアを受ける方の隣に座るようにしています。まずは座って目線をあわせて、安心できる環境を整えるように心がけています。
またそれだけでなく、ご本人の主観に寄り添いつつ、客観的に看護の全人的視点で見ることも大切にしています。具体的に言えば「本人はこう言っていたけれども、実際はこうだと思う。ただご本人はこんな風に感じ取っているから、違う言い方をした方が良いかもしれないな」と考えるイメージです。つまり、主観と客観のバランスを取るということですね。ケアを受けていただく時間が心地よいものになるよう、上記の点は常に意識しています。
取材・文/タケウチ ノゾミ 編集/イージーゴー
大平智祉緒
NOTICE代表/リングスケアセラピスト/看護師(修士号)
高齢者看護、在宅看護を経験し、2016年より医療・介護現場でメイクセラピストとしての活動を開始。これまで国立病院での美容ケアボランティア、地域高齢者への健康美容講座、介護施設でのメイクセラピー訪問を通じ、約400〜500人の高齢者、療養者に美容・整容ケアを施す。肌に触れ、心に触れ、美しく整える時間は一人一人の尊厳を保持し、生きる力を引き出すことができるケアだと実感。2022年、順天堂大学大学院にて看護における化粧ケアを研究し、看護学を基盤とした美整容ケアサービス『Rings Care®︎(リングスケア)』として商標権取得。『病気や障害があっても一人一人のいのちの輝きを支え続ける』を事業理念に掲げ、リングスケアの実践と普及、医療・介護職に向けた化粧ケア教育・研究に力を入れている。
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