現役介護士が語る 私が許せなかった排泄介助とその改善
鹿賀大資 介護福祉士・ライター
今回のテーマは入居者の状態の誤認により発生した介護。入居者の心身面は日々変わるため、状態を把握するのは難しいものです。だからといって、介護職員個人の判断で進めることはできません。
看護師の沼田さん(45歳:女性)が勤務する有料老人ホームでは、ある一人の介護職による職員にとって楽な介助方法の提案により、自立歩行が可能だった男性入居者Aさんに尿器やポータブルトイレを使用するようになってしまいました。
入居者Aさんの介護レベルの経過(72歳男性)
180センチ・90キロと大柄な、72歳の男性入居者Aさん。膝の痛みや腰痛はありますが、特に大きな既往歴はありません。まずは、Aさんの排泄レベルが下げられた背景を見ていきましょう。
有料老人ホーム入所当初は、見守り介助でトイレまで自力歩行も可能
施設に入所した当初、Aさんの介護レベルは要支援2。立ち上がりの際に支える程度の介助は必要としたものの、見守りによる自力歩行ができる状態でした。
排泄も同様で、立ち上がり以降を見守るレベルだったAさん。ところが体重増加に伴い、次第に歩行レベルが低下していきます。
入居半年で体重が10キロ増加!ADLが悪化しトイレまでの歩行介助を要するように
入所当初、Aさんの体重は80キロでした。背も高く大柄な体形でしたが、肥満度を示す体格指数(BMI)は標準だったAさん。
ただし、施設で暮らすようになってからは、元からこれといった趣味もなく、積極的に運動をするようなタイプでもなかったことから、間食が目立つようになりました。
そのせいか入所から半年後には、体重は10キロ増の90キロに。もともと膝と腰に痛みを抱えていたこともあり、ベッドからトイレまでの歩行介助が必要になっていき日常生活動作(ADL)のレベルは悪化しました。
体重を減らすための運動も拒否。歩行レベルは改善せず
Aさんの体重増加を懸念した看護師の沼田さんは、医師に相談しましたが、所見は様子観察。「BMIの数値は軽肥満であり、Aさんの楽しみである間食を無理やり奪うほどの状態でもない」というのが判断理由です。
一方で、「作業療法士による指導や訪問リハビリなどを利用して、体重を下げながら歩行レベルを回復させたほうがいい」との助言も医師からもらっています。
しかし、Aさんは歩行訓練を渋るため、状況は改善することなく、平行線をたどったままでした。
介護施設の排泄介助への対応
体重増加で歩行介助が必要になったAさんですが、介護施設側の対応は短絡的なものでした。
介護施設からAさんに対し、身体機能改善の働きかけはなし
歩行訓練を拒むAさんに対し、介護職員は本人の意向に従うのみ。介護職員からAさんへ、歩行レベルを回復させるための積極的な働きかけはありませんでした。
そんなある日の申し送りでのこと、一人の介護職員の提案により、Aさんの排泄介助が大きく変化します。それは、「尿器やポータブルトイレを使用した排泄介助を試みる」というもの。
Aさんの排泄はポータブルトイレに
当時の施設の状況は人手不足で、特に夜勤はコール対応に追われる問題を抱えていました。Aさんの排泄介助を尿器・ポータブルトイレにするという提案は、介護職員の負担を軽減させるためだったのです。
実際に夜勤の担当者は、Aさんから「トイレに行きたい」とナースコールで呼ばれても、「無理に立ってトイレに行くよりも楽だから」と、尿器で排泄介助を行うようになりました。
しかしAさんから、「尿器では排泄しにくい」と言われたことで、ポータブルトイレでの介助に変わり、そうした夜勤時の対応が日勤帯にも定着していきました。
沼田さんの指摘を受け、施設全体の風向きに変化が
こうして、Aさんの排泄介助は施設の都合によって変わってしまったのですが、これに待ったをかけたのが看護師の沼田さんでした。
沼田さんの「Aさんの排泄レベルが、本人の体調とは関係なく、施設の都合で低下してしまっていいのか」という指摘を受け、Aさんの排泄介助を見直していくことになったのです。
施設による、Aさんの自立を支える正しい介護のための3つの改善策
Aさんはもともと、自力で排泄ができる。沼田さんの指摘を受けた職員たちは、施設全体の問題としてAさんの機能回復に取り組んでいきます。
改善策1)適正なケースカンファレンスの開催
一般的にケースカンファレンスとは、利用者の体調に変化があればその都度開くべきものです。ところがこの施設では、最長半年に設定されているケアプランの決定以外は、ケースカンファレンスを実施していませんでした。
今後は、すべての利用者を対象とし、介助や自立支援の方法に変化を要する際は、すぐにケースカンファレンスの場を設けることが決まりました。
改善策2)施設の体制を立て直すため、ケアマネジャーを機能させる
この施設では、ケアマネジャーが休職中であったため、実質的なケアマネジャーの業務は機能していない状態でした。
今後は、早期に臨時のケアマネジャーを募集するなどして、ケアマネジャーを職員と利用者の窓口とすることが決まりました。
Aさんについては、ケアマネジャーから本人とご家族に現状を説明し、施設側の働きかけや機能回復への理解を深めてもらいました。
改善策3)ケアプランの同意を得てADL(日常生活動作)向上を促す
その後、施設はAさんの排泄レベルを回復させるためのケアプランを作成し、Aさんやご家族に具体的な改善策の提案を行いました。
機能訓練の実施や施設内での歩行練習などの同意を得て、排泄レベルを向上させるために取り組んでいます。
今後も引き続き、経過状況をAさん本人や家族と共有しながら、さらなるADL(日常生活動作)拡大を促していく方針です。
Aさんには自立支援を継続
現在、Aさんは90キロあった体重を85キロまで落とし、歩行レベルも徐々に回復しつつあります。排泄は介助ではなく、従来の見守りに戻し、しっかりと残存機能を生かした自立支援を実施しています。
とはいえ、こうした施設の都合による介護の実態は、氷山の一角に過ぎません。今回紹介した事例は、施設側の都合で利用者の排泄レベルを下げてしまいましたが、指摘を受けてから反省し、改善策を立てました。
しかし、このような改善策を講じない介護施設も存在しているかもしれません。歩けるご利用者を強制的に常に車椅子に乗せたり、ベッドからなるべく出さず、筋肉を弱らせて要介護度を上げ、介護報酬を多く請求するような介護施設もないとは言えないのです。
良い介護施設を探したいなら、「ケースカンファレンスが頻繁に行われている」「その都度、ケアプランも更新されている」という施設がおすすめ。勤めている先輩・地域包括ケアセンターのケアマネの意見や転職サイトの口コミも参考にしてみるとよいかもしれません。
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