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学ぶ やさしい介護法律講座 2020/12/17

#介護の法律#介護施設#訪問介護#通院介助

通院介助で目を離した隙に利用者が転倒。介護士の責任は?【弁護士とやさしく学ぶ介護の法律ー第7回】

文:中沢信介 弁護士 law_20201217_01.jpg

こんにちは。 弁護士の中沢信介です。
今回も前回に引き続き利用者が転倒した場合の民事事件をみていきたいと思います。前回との一番の違いは、責任を問われうる介護士が限定的である点です。介護士がひとりで通院介助サービスのため利用者の自宅に向かいそこで起きた事故だからです(前回は病院内でスタッフが複数いる状態でした)。
また、裁判所で証拠すなわち当事者である介護士の証言などがどう判断されるのかという点も簡単に触れたいと思います。

訪問介護利用者Xさんのアセスメントシート

中沢弁護士 こんにちは。今回は通院介助の際、利用者が転倒したケースの介護士の責任の所在を確認するとともに、裁判になったときに介護士の言い分がどのように判断されるのかという点を確認し、普段の業務で何をどう記録するのかという点を考えてみたいと思います。そのために取り上げる判例は平成25年10月25日に東京地方裁判所で判決となった事件です。

A奈美さん 普段の業務で何をどのように記録しなければいけないのかという点は結構気になりますね。とはいえまずは事件の概要ですね。

中沢弁護士 まずはいつも通り被害者であるXさんのアセスメントシートになります。
Xさんは昭和3年生まれの女性で事故当時82歳であり、介護保険法に基づく要介護状態区分5と認定されていました。Xさんは平成22年8月12日からY介護士が所属する施設と訪問介護契約を締結しました。

中沢弁護士 Xさんは、訪問介護契約を結ぶ直前である平成22年3月から8月12日まで5カ月間もの間、腎不全で透析に必要な人工血管を体内に埋め込む手術を行ったりしたが、その間ほとんど寝たきりの状態で生活を行っており、退院直後の脚力は低下しており、介護なしでは歩行することはできず立位及び座位を保持することもできませんでした。当然これらのことはサービス担当者会議でも共有され、アセスメントシートには通院介助の援助レベルに関して「全介助」とされており、座位、立位及び歩行については支えがあればできるとされていました。

A奈美さん Xさんは結構しっかりとした介助が必要だったのですね

中沢弁護士 そうですね。さらに、介護計画手順書には、通院介助の際、靴を履くためいったん玄関の上がりかまちに座らせて靴をはき、その後座らせたまま待機すると記載されていました。

A奈美さん 先ほどのアセスメントシートをみても立ったままの状態での待機は不安ですよね。

(1) 訪問介護時の転倒による介護士の責任

中沢弁護士 さて、事故当日の話しになります。平成22年10月22日、XさんはY介護士に連れられて自宅から人工透析のため医院に向かうことになっていました。
Y介護士は、医院に向かう際自宅の上がりかまちの上に立ったままのXさんに靴を履かせた後、そのままの状態で待つように指示をして、その場を離れました。その隙に、Xさんは24cm下の玄関土間に転落し、大腿骨頸部骨折の障害を負ってしまいました。この場合のY介護士の法的な責任を検討していきます。

A奈美さん 上がりかまちの上......?うーん、さっきの引継ぎ事項などの事情からしても責任を負わなくていいとはならない気がします。

中沢弁護士 そのとおりですね。介助手順書の記載などはもちろんのことですが、Y介護士自身も、裁判所で事故当時Xさんが靴を履く際、転倒をしないようにXさんの前に立っていた証言しています。

A奈美さん それは裏を返せば、立ちながらの状況において転倒が発生する可能性を認識していたということになりますね。

中沢弁護士 そうですね。今までもそうですが、予見が可能な事実を認識している場合には、それを回避する義務が生じます。転倒の発生の可能性を認識している以上、介護手順書通り、座らせて転倒をさせない状況を作ってからその場を離れなければならなかったということですね。ですから、裁判所としては、Y介護士の所属する施設がXさん転倒の責任を負うという判断を下しました。

(2) 通院介助する介護士の身の守り方(証拠の残し方)

中沢弁護士 さて、この事故はXさんが立位での待機が難しくて上がりかまちから玄関土間に転倒をしたと結論付けておりますが、実はY介護士は違う可能性に言及しています。

A奈美さん それはどういうことですか。

中沢弁護士 Xさんが勝手に移動しようとした結果、それを原因に転んだだということです。

A奈美さん なぜそんな突拍子のないことを言ったのですか。

中沢弁護士 突拍子がないとまでは言えないかもしれません。Y介護士は裁判で「事故翌日Xさんの病棟を訪れた際Xさんが自ら「歩かなければよかった。」などと発言しているのを聞いた」と証言しています。

A奈美さん えっ、Xさんが勝手に歩いてしまったのですか。

中沢弁護士 裁判所はそのような事実が実際にあった認定することはできないと判断していますが、Y介護士の証言はそうでした。

A奈美さん 介護士が自らXさんから聞いたことを証言しただけでは証拠にならないということでしょうか。

中沢弁護士 そうとは限りません。ただ、Y介護士から後日ヒアリングを行ったときのことをまとめたシートに一部そのような記載はあるものの、事故発生直後にまとめられたレポートや市区町村という公の機関に対し正式な書面として提出する事故報告書及び事故経過兼最終報告書にその旨の記載がなかったことが決め手となりました。

A奈美さん 確かにそんな重要なことが大事な書面に記載されていないというのは少し不自然ですね。

中沢弁護士 そうなんです。重要なことは事故当時の報告書などにも触れられてしかるべきなのにそれがないとなると裁判所としても介護士Yの証言だけをもって事実として認定することは難しいということです。

A奈美さん やっぱり記録に残すことが重要なんですね。

中沢弁護士 しっかり経緯や記録を逐一紙または電子的記録に残すことはあった事実を伝えるために非常に重要です。

まとめ

中沢弁護士 今回は記録をできる限り正確に残すことの重要性についても触れました。 こういったものは事故時だけ対応すればうまくできるというものではありません。普段からしっかりと重要な経緯は正確に記録するように心がけてください。

A奈美さん そういったことが自分の身を守ることにもつながるんですね。

中沢弁護士 そのとおりです。


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中沢信介(Shinsuke Nakazawa)

弁護士

弁護士。1984年生まれ。2013年弁護士登録。 明治大学経営学部会計学科卒業後に弁護士になることを決意。明治大学法科大学院修了。法教育にも力を入れており年間十数件程度の小・中学校や高校を訪問している。多数の医療関係の法人の顧問も務め、病院の第三者委員会の委員としての経験も有している。

中沢信介の執筆・監修記事

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