誰でも先生になれる!「おとなの教科書」が高齢者の興味をひくワケ~「おとなの学校」グループの取り組み~│気になるあの介護施設
取材・文/小南 哲司(イージーゴー)
介護施設で一生懸命に手を動かし、笑顔で話しながら問題集を解く利用者さん。それはただの問題集ではなく、いろいろな仕掛けが隠されている「おとなの教科書」でした。その発行を手がける株式会社「おとなの学校」代表取締役 大浦敬子氏に話を聞いてみました。
1.「おとなの教科書」ってどんなもの?
――「おとなの学校」で使っている「おとなの教科書」について教えてください。
毎月発行しているのですが、利用者さんのアンケートに基づいて改編を行っています。写真をカラフルにしているのも、そういったご意見をいただいたからですね。
先ほど(前回)お話した回想法をメインにしたものになっていて、たとえ算数の計算問題であろうと理科の動物の問題であろうと、必ず利用者さんの思い出話を伺うような内容になっているのが教科書の特徴です。例えば国語ではしりとりのページがありますが、解いてもらうのは、私たちとしては二の次です。不正解でも、空欄のままでも全然構わない。


おとなの教科書
もっと発話をしてもらうために、「入学式で何か思い出話はありますか?」などと聞いて、どんどん脱線してお喋りで盛り上がってもらうのを主眼にしています。お喋りすることで、脳を活性化していただくということです。
介護スタッフに最初からいきなり「回想法で授業をやってください」と言っても難しいので、先生用の教則本というのを付けています。こちらは一応台本形式という形で、赤い文字がセリフになっていて、右上から左下まで読んでいけば「とりあえず30分、回想法のお話を利用者さんに伺う」という構造になっています。でもスタッフの皆さんは、3ヶ月もすると台本はほとんど使わないんですよね。最終的には自己流でやっておられるようです。

介護スタッフ用の教則本
2.ちゃんとした場を作ってあげれば、普通のことが普通にできる
――「おとなの学校」にまつわるエピソードはありますか。
要介護4くらいの人であれば、普通に授業を受けて、正しい答えを書き、さらに教科書の余白に先生の板書を書くこともできるのです。ご家族も自分の親御さんは「何もできない」と思っているけれど、ちゃんとした場を作ってあげれば、普通のことが普通にできるのです。授業では皆さん本当に楽しんで言葉を発していて、しゃべりだすともう止めるのが大変なぐらいです(笑)。

若い介護スタッフでも「先生」ができる
また授業をしていると、難しい漢字があったときに、逆に利用者さんが教えてくれることもあります。高齢者と若者がいい感じでやり取りをすることが、この教科書を通じてできている感じですね。高齢者の皆さんの生きてきた時代って、若いスタッフは知りませんよね。でも教科書の中には、それこそ昔流行った歌や遊び、また「火鉢」のような昔使っていたような道具が出てくるので、それを話題に有意義なお話ができると思うのです。
3.利用者さんのご家族からの反応は?
――利用者さんのご家族からの反応はいかがですか。
徘徊などが激減するので、とても喜んでもらっています。在宅で高齢者を看ると、大変なのは徘徊をしたり、迷子になったりすることだと思います。でも「おとなの学校」の授業を受けることで、徘徊や迷子などの行動が激減して、大変助かっているということです。また「おとなの学校」に来られたときに「一緒に給食を作りましょう」といったこともしているので、それをきっかけに、今まで何もしなかった高齢のお母さんが「何か手伝おうか」などと言うようになり、実際に手伝ってもらっているといった、聞いていてうれしいお話もあります。
また男性の高齢者の場合は、「お遊戯をやるような所に自分は行きたくない」という人が結構多いんですね。でも授業という形なら、そういう人もプライドを持って取り組むことができる。「父親を普通の介護施設には通わせられないけど、ここだったら安心できる」と言われたこともあります。
4.世の中に必要なものを真摯に考えてやっていく
――今後の展望を教えてください。
介護事業者としては、「本当にこの世の中に必要なものは一体何なのだろう」ということを真摯に考えてやっていくしかないのではと思います。流行りや廃りは介護業界にもありますが、それに関係なく私は「おとなの学校」をやり続けようと思いますし、このやり方をできる限り多くの認知症の高齢者に届けたいと思っています。実践の場を作るために、原点に返り、改めて通所介護施設も展開していく予定です。

目指すは自分が年を取ったときに通いたい施設
私も含めてではありますが、介護事業者さんたちはもっと前向きに、「自分が年を取った際にどの様なところにいたいか」について真剣に考えるのが大事ではないかなと思います。それが結果として、介護スタッフさんたちにとっても、楽しくて居心地が良い場所になっていくのではと考えています。
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