介護職が知っておきたいひきこもり8050問題とその対策
文:中村楓 介護福祉士、介護コラムニスト介護にも影響。長期引きこもりから脱するには?
8050問題は、2019年に立て続けに起きた事件をきっかけに注目され始めた社会問題です。50代のひきこもりの子と同居する80代の親が抱える問題は複雑で、今後介護職が関わることが増える可能性もあります。今回は介護職が知っておきたい8050問題とその対策について、現役介護福祉士でコラムニストの中村楓さんが詳しく解説します。
高齢世帯に忍び寄る「8050問題」とは
国内でひきこもり状態にある人は100万人ともいわれており、深刻な社会問題となっています。そうしたなかで、近年注目されている「8050問題」は、ひきこもり世帯が高齢化したことで経済的に困窮したり、社会的に孤立してしまったりして、新たな課題が生じている状態にあることが懸念されています。
8050問題が大きく注目されるきっかけになったのが、2019年に立て続けに起こった事件です。同年5月、神奈川県川崎市で起こった通り魔事件において、犯人が長い期間ひきこもり状態にあったと報道されました。この事件の3日後に、東京都練馬区でひきこもりの息子を殺害する事件が発生。川崎市の事件をきっかけに、70代の父親がひきこもり状態にある40代の子供の将来を案じた結果によるものでした。この2つの事件から、「ひきこもりの高齢化」がキーワードとなり、8050問題が急速に世間の注目を浴びることになったのです。
ひきこもりによる影響は1980年代ごろからすでに問題視されていましたが、2000年代には年齢的には働けるのに働かない・働けない人が「ひきこもり」の中心と考えられる風潮がありました。ここでの「ひきこもり」の対象はあくまで若者が想定されていました。その後、2010年代に入るとひきこもりの長期化や中高年のひきこもり化が進み、その子どもを支える親世代は高齢者に該当するという、支える側と支えられる側双方の高齢化が浮き彫りとなっています。
8050問題は介護職にとって決して遠い世界の出来事ではありません。中高年のひきこもりを抱える親は、介護を必要とする年代にあたります。親世代が介護を必要とする状態に陥っていても、ひきこもりの子どもがいることで、介護支援を拒否する例は少なくありません。また、ひきこもりの子どもが介護を放棄して経済的虐待やネグレクトとなってしまうケースも出ています。こうした状況に直面したとき、介護職はどのような対応をすればよいのでしょうか。
8050問題の実態と介護の関係性
まずは、8050問題を巡る現状を把握しておきましょう。国の資料をもとに8050問題の実態について詳しく解説します。
内閣府は、ひきこもりに関して、2009年度と2015年度に15~39歳の若年層を対象とした実態調査を行いました。その結果、ひきこもりの長期化が浮き彫りとなり、2018年度の調査では、40~64歳の青年期以降におけるひきこもりの実態把握が行われています。2018年の調査では、ひきこもりの定義を次のように示しました。
普段の外出の状況が次のいずれかに当てはまり、その状態が6か月以上続いているものを「広義のひきこもり」とする
- 1. 趣味の用事のときだけ外出する
- 2. 近所のコンビニなどには出かける
- 3. 自室からはでるが、家からは出ない
-
4. 自室からほとんど出ない
ただし、外出が困難になる身体的理由や妊娠・育児、家庭内介護、在宅勤務といった事情で在宅時間が長く、最近6か月以内に家族以外の人と「会話した」と回答するケースは除く。
内閣府の調査において、上記の定義にある「広義のひきこもり」に該当する群の出現率は1.45%となり、「広義のひきこもり」に該当する40~64歳までの人は、推計数で61.3万人と報告されています。調査では、広義のひきこもりに該当する人のうち、76.6%が男性でした。
ひきこもりのきっかけは退職が多く、このほか、人間関係がうまくいかなかったことや病気、職場になじめなかったといった理由が上位を占めています。40歳以上でひきこもっている人の多くは一度社会に出た経験があるものの、何らかの理由で社会になじめなかったケースも多いようです。
続いて、2018年度にKHJ全国ひきこもり家族会連合会(以下、家族会)が行った調査を見てみましょう。この調査では、ひきこもり状態の定義を「社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交流)などを回避し、概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしてもよい)」としており、ひきこもり本人と家族の両方の平均年齢が上がっていることが報告されています。2004年の調査開始以来、徐々に親世代の年齢が上がっており、2018年度で初めて65歳を超える結果となりました。
50代以上のひきこもりがいる世帯では、親世代が70~80代となるケースが多く、介護を必要とする人が増えることが予想されます。実際に介護サービスを利用している家庭もあるでしょう。なかには、ひきこもりの子どもが親世代の介護に従事している例もあります。しかし、介護が必要でありながらもひきこもりの子どもが何もしないでいることや、「家に他人をいれたくない」との思いから訪問サービスを拒否することも少なくありません。介護に従事している場合でも、相談できる相手がおらず介護に行き詰まり虐待につながってしまう事例も出ています。
このように、介護現場のすぐそばで8050問題は深刻化しています。介護職にとって、8050問題は「対岸の火事」ではなく、すぐそばで起きているということを知っておかなければなりません。
8050問題に対する行政の対策
ひきこもり支援の公的機関も民間機関もある
これまで、ひきこもりの問題と親世代の高齢化は別の問題としてとらえられ、行政では別部署で対応されてきました。しかし、8050問題では親世代と子どもの両方を同時にサポートする必要があります。
そこで一部の自治体では、各専門機関が地域で連携を取ってネットワークを構築し、家族と本人への支援を段階的に行う取り組みを始めています。2019年4月の時点で67の自治体に75か所の「ひきこもり地域支援センター」が設置され、関係機関と協力して訪問支援を行いながら早期に適切な対応ができるような仕組みづくりが始まっているところです。
具体的な事例として、兵庫県のケースを見てみましょう。兵庫県神戸市では2020年4月にひきこもりの人とその家族を対象としたワンストップ窓口「神戸ひきこもり支援室」を開設し、ひきこもりの本人と家族とが会話ができる関係性を再構築することに重点を置いた支援を行っています。相談は電話や来所、訪問だけでなくメールでも対応しており、開設からわずか半年で865件もの相談が寄せられました。
そのほか、兵庫ひきこもり相談支援センターでは、全年齢を対象としたひきこもり専門相談機関として「ほっとらいん相談」を開設。心理士などの専門スタッフが電話相談に無料で応じています。匿名で相談ができるため、安心して相談できる仕組みです。また、地域に根差した活動を行うNPO団体と協力した「地域ブランチ」も展開されています。兵庫県内の5地域にあるひきこもり支援を行っているNPO団体が、それぞれの拠点で電話や来所、訪問での相談に無料で応じながら、行政と連携を取り、サポートを強化する仕組みです。
8050問題に直面したらここへ相談しよう
ひきこもり支援の相談先は
8050問題を抱えている家族に直面したとき、介護職としてサポートできる範囲は限られます。もし介護の現場で8050問題に直面したときには、次のような相談窓口を紹介するとよいでしょう。
公的機関
8050問題に関する公的機関の相談窓口で代表的なものは、次の5つです。
ひきこもり地域支援センター
ひきこもりに特化した相談窓口です。2019年4月の時点において、67の自治体に75か所設置されています。
地域包括支援センター
地域に在住する高齢者を対象とした総合相談窓口の役割があります。8050問題を受けて子供から高齢者まで全世代、世帯丸ごとを対象とした相談支援を行う自治体も増えています。高齢者とひきこもり両方の相談が可能です。
自立支援相談窓口
仕事や住む場所がない、生活できるお金がなくて困っている人に対し、自立した生活が送れるように支援計画を作成し関係機関につなぐ相談窓口です。905の自治体に設置されています。
精神保健福祉センター
ひきこもり状態にある人には、心の問題を抱えているケースが少なくありません。心の健康や病気に関する相談に乗ってくれる精神保健福祉センターの相談窓口でも、ひきこもりに関する相談が可能です。
自治体の高齢福祉課や障害福祉課
8050問題は各自治体の高齢福祉課や障害福祉課でも相談できます。特にひきこもりの子どもに障害がある可能性が高いときには、障害福祉課に問い合わせしてみましょう。
民間機関
8050問題については、多くの民間機関がひきこもり支援を行っています。代表的な機関を3つ紹介します。また、8050問題は高齢者に関わる問題でもあるので、介護施設等に設置されている相談窓口への相談を促すのも一つの方法です。
KHJひきこもり家族会連合会
ひきこもりの人や家族が社会的に孤立しないよう支援を行っているNPO法人です。日本で唯一の全国組織の家族会で、当事者だからこそわかる思いや悩みを共有できる場所として提案できます。
メンタルコミュニケーションリサーチ
東京、埼玉、神奈川、千葉と北海道に活動拠点を持つNPO法人です。家族の相談や本人への訪問支援を行っており、長期ひきこもりの家族専門プログラムなども実施しています。
神戸オレンジの会
神戸ひきこもり支援室分室ラポールを開設しているNPO法人です。本人向けの居場所活動や家族向けの相談援助などを行っています。
8050問題を知ることから始めよう
8050問題は、介入のタイミングが難しいこともあり、気付いたときに適切な対応を取ることが大切です。ケアマネジャーや社会福祉士としての活動がない限り、一般の介護職が直接関わることは少ないかもしれません。しかし、8050問題は高齢者の周りで起こりうる問題のひとつであり、知っておくだけでも問題への心構えができるはずです。介護のプロとして、高齢者に関わる社会問題については日ごろからアンテナを張っておきましょう。
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■参考
- 地域包括支援センターにおける「8050」事例への対応に関する調査報告書|KHJひきこもり家族会連合会
- ひきこもり支援施策の方向性と地域共生社会の実現に向けて|厚生労働省
- 令和元年版子供・若者白書 特集2長期化するひきこもりの実態|内閣府
- ひきこもり支援推進事業|厚生労働省
- 生活状況に関する調査(平成30年度版)|内閣府
- 障害に関する相談窓口|平成30年度版障害者白書
- 行政担当窓口一覧|KHJひきこもり家族会連合会
- 家族会一覧|KHJひきこもり家族会連合会
- NPO法人メンタルコミュニケーションリサーチ
- 神戸オレンジの会
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