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学ぶ やさしい介護法律講座 2020/05/28

#介護の法律

介護士が現場で逮捕されるとどうなる?執行猶予とは?【弁護士とやさしく学ぶ介護の法律ー第1回】

文:中沢信介 弁護士 law_20200528_1_01.jpg

はじめまして。 弁護士の中沢信介です。
超高齢社会となった日本では介護の重要性が取り上げられていますが、現場で問題が発生することも少なくありません。
そこで、介護士の職場で実際に起きた問題をもとに、法律の視点からその問題について対話形式で解説していきたいと思います。

今回紹介するのは、介護福祉士が入所者に暴力を振るったという傷害事件の刑事裁判の判例です。
その判例を簡単に解説しつつ、裁判でよく聞く執行猶予という概念と、捕まってしまうと職場にどのような影響を与えるのかという観点から、逮捕・勾留について見ていきたいと思います。

執行猶予ってなに?逮捕されるとどうなるの?

中沢弁護士 こんにちは。最近、介護施設で起きた犯罪などが報じられることがありますね。介護士さんは真面目でやさしい人が多いので、逆に印象に残ります。

A奈美さん 自分も時間がなくて業務が多すぎるときにかなりイライラしたりするので他人事ではないですね。絶対暴力は振るわないですけど。
ところで、色々SNSやニュースなどを見たりしていたんですが、刑事事件のテレビを見ていた時、用語がよくわからなかったんです。刑事裁判というのは被告人に刑罰を科すためのものですよね。懲役とか死刑とかですよね。その際よく聞く「執行猶予」というのはなんなのでしょうか?

中沢弁護士 確かにニュース・新聞などでも執行猶予というのは普通に使われていますよね。では、介護福祉士が入院中の患者さんに暴力を振るってしまったという実際に起きた事件を例に、執行猶予という制度を説明しましょう。

A奈美さん 実際に介護福祉士が起こした事件なんですね。

中沢弁護士 そうです。こういった事件が起きると被害者である患者さんに対して甚大な損害を与えるというのはもちろんのことですが、その他本人や職場にも大きな影響があります。どのような影響が考えられるでしょうか?

A奈美さん 職場をクビになるとかでしょうか。

中沢弁護士 それも考えられる影響のひとつですが、本人にとって一番大きい問題として身体の拘束があります。これに関連して、逮捕などのことについても解説をしていきたいと思います。

介護士が逮捕された裁判例

中沢弁護士 今回取り上げる裁判例は、平成28年12月13日、松山地方裁判所で判決となった事件です。

A奈美さん どのような事件なのですか。

中沢弁護士 被告人の男性Xさんは介護福祉士として病院に勤務していたのですが、入院中の92歳の被害者Yさんに対し、顔や胸を拳で複数回殴って、全治約1ヶ月の顔の打撲と肋骨骨折を負わせたという事件です。

A奈美さん 92歳の方だとだいぶ怪我しやすくなっていますものね。暴力なんか絶対に振るっちゃだめですよ。なんでこんな事件が起きてしまったんでしょうね。

中沢弁護士 Yさんは、ナースコールを頻繁に押す方だったようで、その日もXさんをナースコールで呼び、「ろくでもないやつだ」などの暴言を吐いたりしたことがきっかけだったみたいです。

A奈美さん もともと色々な人間関係のもつれとかがあったのかもしれませんね。みんながみんなすごく良い人ばかりというわけにはいきませんから。でも、暴力振るうのはやっぱり違いますよね。

中沢弁護士 そうですね。

執行猶予とは?わかりやすく解説

中沢弁護士 この事件は被告人が自ら有罪であることを認めている事件です。このような事件のことを「認め事件」といいますが、その場合、被告人にとって一番の関心事は、執行猶予が付くのかそうでないのかという点です。さて、ここで執行猶予という概念を説明しておきましょう。

「執行猶予」とは、簡単に言うと、有罪判決を受けても、もう一回悪いことをしなければ刑務所に行かないですむ制度です。
有罪判決にもとづく刑の執行を、犯人の犯情を考慮して、一定期間猶予し、その期間内に再度罪を犯さない場合には、刑罰権を消滅させることを指します。
実際の裁判で、裁判官は判決を読むとき、「主文 被告人を懲役1年に処する。その刑の執行を3年間猶予する。」などと言ったりします。

A奈美さん この場合、被告人は、3年間、懲役刑(1年間刑務所で労務に服すこと)の執行が猶予され、刑務所に行かずに、社会内にすぐ戻れるということなのですね。

中沢弁護士 まさにその通りです。執行猶予が付くと、社会内で反省を深めることになります。被告人は、執行猶予付きの判決と同時に身体拘束から解放され、社会内に戻ることができますので非常に大きな意味があります。
弁護士が実際に事件を担当していると、判決が読まれるとき、「主文......、被告人を懲役〇〇年に処する。」のあとが何なのか緊張をしながら聞くことになります。そこまでで終わると実刑になってしまい、そのあとに「その刑の執行を......」と続くと執行猶予となるからです。

A奈美さん それは判決を聞く被告人もさぞ緊張しているでしょうね。

介護士Xさんは執行猶予になったのか?

中沢弁護士 さて、先ほどの判例の事案に戻ります。この事案は、Xさんは、Yさんから許してもらうことができなかったのですが(いわゆる示談ができなかったということです。)結果としてはXさんが罪を認め深く反省していること、Xさん自身に家族があるにもかかわらず、病院を懲戒解雇になっていることなどが斟酌され、Xさんは懲役2年、執行猶予4年の判決となりました。

A奈美さん ご家族がいるのにXさんは病院をクビになってしまったのですね。それは大変ですね。ただ、そのようなことも判決に考慮されるものなのですね。

介護の現場で職員が逮捕されるとどうなる?

中沢弁護士 この事件では、執行猶予付きの判決となりましたので、Xさんは、この判決の後すぐに釈放されました。
ただ、職場との関係でいうと大事なのはそれより前だったりします。Xさんは逮捕されたかは、明らかではありません。そこで、判例とは別の話を考えましょう。A奈美さんは、加害者が逮捕された後、執行猶予付きの判決が出て釈放されるまでの間、どのくらい身体を拘束されているか知っていますか。

A奈美さん ニュースだと、逮捕、送検、起訴、求刑、判決というのはよく耳にしますけど、その間がどれくらいの期間なのかということはあまり確認したことはありませんね。というか一律に決まっているものなのですか。

中沢弁護士 すべてが一律に決まっているわけではありませんが、法律で決まっている部分もあります。
具体的には、逮捕というのは最大で72時間しかできません。

A奈美さん たった3日ですか。そんなに短かったですっけ?

中沢弁護士 逮捕による身体拘束は3日なんですが、この後、勾留という身体拘束手続きが続きます。勾留は最大20日間となっています。

A奈美さん そうすると、逮捕されてから23日の間に裁判になるかが決まる(起訴)ということですか。

中沢弁護士 おおむねそのような理解でよいと思います。

A奈美さん 裁判になると、身体拘束が解放されるのはさっきの話だと執行猶予付き判決が出たときですかね。

中沢弁護士 そうですね。認め事件の場合、起訴された後、大体1ヶ月から2ヶ月以内に裁判が開かれ、さらにその1週間から2週間後に判決が言い渡されるのが一般的です。そこで執行猶予付き判決となれば晴れて釈放されるという流れになります。

A奈美さん そうすると、逮捕から起訴までが、最大23日間で、起訴から判決までが大体1ヶ月半から2ヶ月半くらいなので、合計すると2ヶ月から、3ヶ月くらいかかるのですね。

中沢弁護士 そうなんです。この間、加害者はずっと身体を拘束されているわけですから、病院や施設には、当然通勤できません。

A奈美さん ある日逮捕され、その後、職場に一時的にでも来ることができず欠勤となるわけですね。

中沢弁護士 起訴されなくても最大23日間、起訴されると3ヶ月くらいは身体拘束されてしまうので(保釈された場合を除く)、このこと自体が職場に非常に大きな影響を与えてしまうことが良くわかると思います。

A奈美さん 刑事事件ってニュースで見ることはあるのですが、なかなか細かく聞くことはないので勉強になりました。

中沢弁護士 このように病院・施設内で刑事事件が起きてしまうと長期の身体拘束を受ける加害者は職場に勤め続けるのが難しくなります。これは先の欠勤の話もそうですし、事実上居づらくなるということもあります。また、施設側も報道等によって大きく信用を傷つけられ、場合によっては事業が続けられなくなるケースもあります。ですので、働いている人は「思い詰める前に相談をすること、相談をしても改善されそうもない場合は配置転換・職種変更・転職を考えること」、雇用主は「常にスタッフを気にかけ、時間や費用がかかっても対策を立てておくこと」が必要ということが分かると思います。

A奈美さん 本当にそうですね。ありがとうございました。

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中沢信介(Shinsuke Nakazawa)

弁護士

弁護士。1984年生まれ。2013年弁護士登録。 明治大学経営学部会計学科卒業後に弁護士になることを決意。明治大学法科大学院修了。法教育にも力を入れており年間十数件程度の小・中学校や高校を訪問している。多数の医療関係の法人の顧問も務め、病院の第三者委員会の委員としての経験も有している。

中沢信介の執筆・監修記事

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